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第81話 準備と弱点


 弱さ、を自覚した達也は、落ち着かない気持ちでいた。


 大抵の場合、強くいなければならないと思っていたし、たとえ、トラブルがあったとしても、一人で解決した方が良いと思っていた。けれど、今、皆が守ってくれる状況は、くすぐったくて甘い。この居心地の良さになれてはいけない、と思った時に、達也は自分の中にあった、無意識のブロックに気が付いた形だ。


 本来、困ったことがあったら、誰を頼っても良いはずだ。それにブロックが掛かっていた。


 一人で解決しようという気持ちになるのは、その為だ。


 弱さがある、ということを、認めるのが、なにか悔しい気持ちになるのも、おかしな事だった。たいていの場合、弱さも強さもあるだろう。


 ゲームで考えたら、最強のボスキャラにだって、弱点はある。勇者にも、弱いところはある。それをも認められないというのが、やはり、無意識で何かをブロックしているということだろうと気付いたのは良いが、尻の座りが良くないような、むずむずした気持ちになる。


 けれど、開き直ってしまったら、いくらか楽になった。

 興水の暖かさが居心地が良かったことも、凪が友達を優先させたことにモヤモヤしていることも、ちゃんと認めたら、それで良くなった。


 自分を大事にしろと言われても、何から始めればいいか解らないが、少なくとも、自分を大切にするために、アフタヌーンティに行ってスイーツを食べるのが違うと言うことだけは、解る。


 仕事はORTUSのイベントを明後日に控え、明日からは現場に入る必要がある。


 チーム『寄せ鍋の会』は、今日の夜から、現地に移動して宿泊ということになっていた。午前中の仕事を終わりにして、午後に移動。夕食を兼ねたミーティングを行うというところまで決まっている。会場近くのホテルは予約出来なかった為、やや郊外の場所にホテルを取ることになっていて、予約は凪が済ませてあった。


 達也は、『万が一』に備えてツインだった。最初、藤高と一緒になる予定だったが、朝比奈に睨まれたために、仕方がなく凪と同室になった。


 藤高、興水がシングル、凪と達也、朝比奈と池田という組合せだ。

 宿のエレベータは宿泊者しか立ち入れない仕組みになっているし、宿泊階以外には行けないようになっているが、それでも『万が一』を考えたらしい。凪らしいことだとは思うが、藤高、興水も同意していたというので、閉口した。


 凪ならば気を遣う必要はないので、気分は楽だったが、あの日―――凪が、誰かと一緒に遊びに行った日以後、なんとなく、ギクシャクしているような気もしていた。


 仕事の前に、言うことではないのかも知れないが、達也は、凪にあの日の事を聞こうとは思っている。モヤモヤしているより、よほど良いと思ったのだ。もちろん、達也の都合だけの話にはなるが。


 午前の仕事を終わらせて、今から出張の支度を……と思っていたときだった。


「瀬守さーん、ご来客です! タカシマフーズの緑山さんです」

 タカシマフーズは、達也が世話になっている会社だった。定期的に広告の依頼がある会社で、付き合いも長い。わざわざ来社するというのが珍しかったので、なにかトラブルでもあっただろうかと、焦った。


「はーい、今参ります! ……凪、もしかしたら、遅れるかも知れないから、その時は、先に出張に行ってて」


「はい、それはわかりましたけど……」

 言い残して、資料を持って応接室へ向かう。

 応接室には、タカシマフーズの社長と一緒に、年若い女性社員の姿があった。二人で来たようだったが、今まで見たことのない女性だ。


「お待たせ致しました」

 挨拶をして応接室に入ると、緑山社長が、「アポもなしに済みませんね、近くに寄ったものだから」と相好を崩した。緑山社長の、向かいに座って「いえいえ、いつでもお茶にでも寄って頂ければ幸いです」と応えつつ、本当の用向きはなんだろう、と不安になる。


 アポがないとき―――は、実は緊張する。なんの準備もない、丸腰で顧客に対峙する必要があるからだ。


「そんなことを言ってると、いつでも寄ってしまいますよ」

 ははは、と緑山社長は笑う。


「あっ、本当に、いつでもどうぞ、暑いときには涼んで頂くだけでも。社長とお話し出来るのは、本当に楽しいので」


「そう言ってくれると助かるよ。……ああ、今日連れてるのはね、私の娘なんだよ」

 隣に座っていた彼女は、ぺこり、と礼をする。


「あ、お嬢様でしたか……もしかして、タカシマフーズ様にご就職されたんですか?」


「そうそう。この娘がね、ちょっと、うちの社内でイベントをやりたいという話でね。それで、瀬守さんの力を借りられたらとは思ってたんだよ」

「そうでしたか。光栄です」


 ほっ、としたのもつかの間、名刺を持ってきていないことに気が付いて「あ、名刺を持ってきますので、ちょっと失礼します」と席を辞して大急ぎで名刺を持ってくる。


 緑山社長の娘、玲奈とは無事に名刺交換し、それから、彼女の話を聞くこととなった。

 社員の活気を向上する為のイベント、自社製品の販売促進に向けたイベントなど、沢山の企画を持参した、玲奈の表情はキラキラして眩しい。その熱意に応えるべく、達也も真摯に対応をして居たら、あっという間に、数時間経過していた。



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