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第80話 甘えたくなる弱さ


 カラオケに行って発散しようと思っていたが、仕事が忙しくて忙殺された。


 終電で帰ることになって、食事も適当にすませるほかないと思っていたら、「今日は当番だから」といって部屋に来た興水が、二人分の食事を作ってくれたので、なんとか食事にはありつくことが出来たのは、ありがたい。


 部屋は酷い状態の興水だが、料理は好きらしい。


「好きな人にしか作らないよ」と言われて出されたのは、パスタだった。ほうれん草とベーコンのクリームパスタは美味しかった。凝った料理をつくるものだ……と思っていたら、


「コンビニの材料で出来るのは、圧倒的にクリーム系なんだよ」

 ということだった。


 なるほど、バター、生クリーム、牛乳、チーズの類いはコンビニで購入出来る。ほうれん草は冷凍。ベーコンも売っている。


 市販のパスタソースを使わないのは、味わいが苦手だと言うことらしい。


 0時過ぎに、パスタを食べることには、少々抵抗があったが、何も食べないで寝るよりは良かった。それに、誰かが一緒にいる事に慣れてしまって、昨夜のようにごちゃごちゃと考えずに済んだ。


 ともあれ、食事をとって、シャワーを浴びたら寝るだけだった。

 そして、二人、当然のように同じベッドに寝ている。これだけは、本当に良いのかと思うが、口には出せないでいる。


「……なあ」

 部屋の電気を落としてしばらくした頃、興水が、不意に、聞いてきた。


「なに?」

「お前、今日……なんかイライラしてたみたいだけど、何かあった?」


「あー……カラオケ行こうと思ってて」

「カラオケ? 何で、一人で?」


「そーだよ」

 意外そうな興水の声に、少々、苛立ちながら、達也は答える。


「……なんで」

「ストレス、溜まってて」


「……ああ、まあ、神崎さんのこととか、……いろいろあるだろうし、いまも、ずっと、俺と凪が一緒にいるから、気詰まりだろうけど」

 興水が申し訳なそうに言うのが、かえって達也を、申し訳ない気分にさせた。


「そうじゃなくて。二人には感謝してるんだけどさ……最近、ゴミを荒らされてるんだよ」

「えっ?」


 興水が息を飲んだのが解った。「ゴミって……生活ゴミ?」


「そう。それで、管理人さんから色々言われてて……最初、身近なストーカーの仕業かと思ってたんだけど」

「俺じゃないよっ!!」


 興水が声を荒らげる。耳元がうるさい。


「うん、お前じゃなさそうなのは、理解してる。だから……なんなんだろうって」

「いつから?」


「……しばらく前」

「神崎さんってことは……?」


「少なくとも、神崎さんに再会する前からだよ」

「……じゃあ、神崎さんが、誰かに、やらせてたとか」


 それも、少しは考えたが、やはり、現実的ではない気がする。


「神崎さんが調べさせるなら、プロに頼むでしょ。探偵とか、いろいろ。なら……ゴミ漁りをするとも思えないし、したとしても、証拠は残さないと思う。だから、素人の仕業」

「確かに……」


「それで、朝から、イライラして、ストレス解消方法を調べたら、カラオケって出てきたからさ」

「なるほど……」


「まあ、仕事優先だから……。それに、俺のストレスの八割は、神崎さんだし。……きっと、イベントが終わったら、解消するだろうと思って」

 そうか……と、興水は呟く。「それで解消出来れば良いんだけどな」


「わからないけど、今は、仕事優先だから。……それでいい」

「……あんまり、無理はしないで欲しいよ」


「それは、しないから大丈夫……って、おいっ」

 興水が、背中から抱きついてきた。温かくて、居心地が良い。それが、困った。


「……興水」

「他人の体温も……ストレス解消には良いらしいよ」

 興水の声が、耳元に聞こえた。


「そういう、もんなの?」

「そうそう。……暖かいのは、ストレスには良いらしい……まあ、まずは、眠りな。ゴミ漁りは、監視カメラとか付いてるなら、見せて貰うとか、ないなら付けるとか。そうやって調べるしかないね」


「なるほど、そういう手があったか……」

「そうそう。管理人さんに、俺も一緒に言ってあげるから」


「なんでお前が……」

「だって、一応、直属じゃないけど上司だし。会社の上司にも相談して、監視カメラで確認して貰いたいという話しをしたなら、それは向こうも、簡単には断れないでしょ」


 たしかに、それはそうだ。


「けどさ、費用とか……」

「まあ、なんなら、俺から出すよ」


「そんなのは困るって」

「気にするなよ。……好きな人の為に使う金なら、惜しくはないよ」


 好きな人、という言葉が、やけに甘く響いて、達也は困った。


 興水のことは、嫌いではないが―――それは恋愛感情ではない。けれど、こうやって、弱ったところに、するっと忍び混んでくる。


 そこに付け込む人間でないことは理解しているが……。

 甘えたくなる弱さを知って、達也は、唇を噛んだ。



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