タンメンは、塩辛い。
運ばれてきたビールで、流し込んで、達也は向かいに座る興水を見やる。
「……凪の事、お前が気にするんだ」
「そりゃあ、あいつの方が、一歩有利だろ。だからだよ」
「だからって?」
「……隙があったら、抱きたいって言う系の話。お前、俺のことは、嫌いじゃないだろ」
嫌いではない。困ったことに、割と、好き、の方に傾いている。
ただ、それは、恋愛感情ではないし……。
「お前とは無理」
夜を過ごす相手には、したくない。
「なんで」
「近場でごちゃごちゃしたくない」
「たとえば、俺が、他の会社に行ったら考えてもいい?」
思わず箸を落としてしまった。ころころ、とコンクリートが打ってある、店の床を、割り箸の片割れが転がっていく。それは、熱心に野球の応援をしているオジサンの足許に転がったので、拾いに行ける感じではなかった。
「その為に、転職するって?」
「それも辞さない」
キッパリと言い切る興水に「冷静になれよ」と達也は、ため息を吐きながら言う。割り箸立てから一本、新しい割り箸を引きぬいて、真ん中から二つに割ろうとしたら、歪に割れた。
「お前、こんなことのために、一生を賭けるなよ」
「……いつだって何か決断するときは、人生賭けてるようなもんだろ」
「あと、ラーメン屋で口説くな」
「……じゃ、薔薇の花束でも持ってこようか?」
「花瓶がないから遠慮します」
興水が笑う。
「一人暮らしの男の部屋に、普通はないな。花瓶は……よほど花が好きな奴くらいだろ」
「それか元カノが置いていったか」
「すぐ捨てるだろ」
「案外捨てられないんじゃないか?」
「ふーん、お前は、恋人からのプレゼントは捨てられない系か」
興水がにやっと笑う。達也は、ドキっとした。たしかに、なかなか、モノを捨てられない。別に神崎から貰ったわけでもないのに、神崎の思い出がある小説も、やっと手放せたばかりだった。
「悪いかよ」
「……いや、悪くないよ。つまりさ、お前、別に、ワンナイトとか、別に向いてないんだよ。ちゃんと、恋人は大事にする系だろ?」
「そう……なのか?」
「そうだよ。だからさ……あの人とは、嫌なことばかりだったかも知れないけど……、あの人に引き摺られて、誰とも付き合わないのは、勿体ないんじゃないか? それこそ、あの人にこの先の人生もずっと振り回されるって事じゃないか」
二度とああいう思いはしたくない―――と思って、していた行動すら、神崎に振り回されているだけだとしたらそれは、恐ろしいことだ。
「神崎さんに、振り回されてる……」
「俺はそう思う。……あんなクソのことはもう放っておいて、お前はお前で勝手に幸せになれば良いんじゃない? それで、わりと、お前は、フツーに恋人がいたら大事にするんだから、大事に出来るような人を見つけた方が良いって。マチアプでワンナイト繰り返してるの……ちょっと、自傷行為みたいだぞ」
ドキッとした。
「自傷行為……って……ただ、気持ち良いことだけ欲しいだけだろ」
「それはお前がゆっくり考えてくれれば良いけど、ちゃんと、大事にしろって話し。……それで真面目に付き合う気になったら、俺も立候補するよって話だよ」
そういえば、ラーメン屋だ。誰かが、この会話をきいていないだろうか? 心配になって辺りを見回すが、良い所で打ち損じたエース打者にブーイングするのに懸命で、おじさん達のラーメンはすっかり冷えている。達也達のことを気にするようなことはないだろう。
「……ストーカーと付き合うの、ちょっと怖いんですけど。束縛されそう。……俺は、あの人が、ああだったから、束縛したりコントロールするのが好きな人は、ちょっと嫌だな」
また、神崎のことを引き合いに出している。
たしかに、いつまでもいつまでも、神崎が胸の奥に巣くっているようで、気分が悪い。消し去りたい。可能ならば、忘れ去りたい―――。
「別に、俺、ストーカーじゃないでしょう」
「いや、お前の部屋、見せたら、絶対にストーカーって思うよ」
「違うんだよ、アレは、推しの祭壇みたいなやつ!! 若い子が、アイドルの推しのグッズとか写真とかで部屋を飾ってるのと同じっ!!」
「ドルオタさんたちは、盗撮はしないんじゃ……」
思わず呟いた達也に、興水が笑う。
「たしかに、盗撮はしないな」
「だから、さ……まあ、でも、それさえ省けば、お前が良い奴だって言うことは、理解してるし感謝はしてるから」
「まあ、ちゃんと、自分のことを考えてみれば良いと思うよ」
興水はラーメンを啜りながら言う。達也も、タンメンの残りを食べ始める。
餃子とレバニラは、三十が見え始めた男二人には、少々重たかった。