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第75話 警戒と優先事項


 凪と興水は、神崎を警戒していたが、あれから、神崎からの接触はなかった。


 だが、念のため、ORTUS社とのやりとりについては、達也ではなく、凪に入って貰うことになった。これは、藤高と興水の二人で決め、社長からもOKが出たと言うことだった。


 配慮については、ありがたい。


 神崎は、次のイベントで進行にねじ込んできた。そういうことを考えれば、警戒して置いた方が良い。


 藤高と興水だけでなく、凪や朝比奈、池田にも気を遣わせているのは申し訳なかったが、まずは、目の前の仕事に集中することが出来るというのも、ありがたいことだった。


 相変わらず、興水と凪は達也の家に出入りして居るが、すっかり馴れてしまった。


 当然のように、二人の身の回りの品が増えていくのが不思議で、妙な同棲生活みたいだと思ったら、頭を抱えるほかなかった。


 日替わりで、別な男を出入りさせているというのは、あまりにも、不誠実だろう。


 たとえば、二人がそれでいいと言っても、達也は、イヤだ。


(……セフレなら、それで良いのにな)

 ちゃんとした『恋人』ならば、ちゃんと、相手に向き合いたい。それでなければ、恋人とは言えないと、少なくとも達也は考えている。だから、神崎とは感覚が合わない。


 職場で仕事をしていると、定時を少し過ぎたころ、「あ、達也さん、今日なんですけど、ちょっと、俺、用事が出来ちゃって……」と凪がやってきた。今日は、凪が泊まりに来る日のはずだった。


「えっ? ああ、いいよ、一日くらい」


「……そう言うわけにはいかないので、興水さんにお願いしておきました。今日は、興水さんと帰って下さいね」

 と念を押されて、達也は、ため息を吐く。二人のことを過保護だとは思う。


「興水は近所だから良いけど……」

「とりあえず、あの人がイギリスに帰るまでは、絶対に達也さんの事を一人にさせませんからね!」


 そう、念を押す凪だったが、今日は、別件の用事というのを優先するらしい。


 凪のプライベートに関わることなど、あまり気にしてこなかった達也だったが、多少、気になる。


「用事って、珍しいな」

「えっ?」

 凪が、面食らったようだった。達也も、凪が驚くとは思わなかったので、慌てて取り繕う。


「あっ……えっと、お前、結構、……あんまり遊びに行ったりするイメージがないから」

「そうかも知れないですね」

 凪が苦笑してから、続ける。「でも、たまには、友人と会ったりしますよ」


「ふうん」

 そう応えながら、なんとなく、達也は、思った。

 今日は、達也よりも、その友人と会うことを優先するのか―――と。


 今、神崎のことがあって、興水と二人で警戒をしている、という状況だ。それでも、達也といることよりも、凪が、友人と過ごすと言うことが、少し、意外だった。


(いや、俺の方が、凪が一緒にいることが当たり前になりすぎてるな)

 それは本来違うだろう。


 凪には凪の交流関係があるはずで、それは、凪が優先すべきものだった。そして、凪が『友人』とだけ言って、具体的なことを言わないのだから、それは、達也の知らない相手か、達也が知っていても、詮索をされたくない相手ということだ。


「そんなわけで済みませんね、じゃあ、俺、お先に失礼します」

 軽い挨拶を残して、凪が去って行く。


「おう、おつかれさん」

 声を掛けたが、凪の背中にも届かなかった。



 帰り道、興水と一緒に、ラーメン屋に寄ることになった。

 最初の頃、オシャレな店に誘って、あからさまに狙ってきたのを思うと、かなりの格差があるが、『同僚』との距離感ならば、これがありがたい。


 最寄り駅の駅前にある、やたら塩辛いラーメン屋は、昔ながらの『町中華』の風情があって、ラーメンとその他の一品料理、とそれにビールと焼酎が楽しめる。


 朝比奈とはスポーツバーで野球の試合を見ていたが、ここでも、店内に置かれたテレビを見ながら、近所のおじさん達がプロ野球の試合に夢中になっている。


「俺は、ラーメンとレバニラとビールと餃子注文するけど」

 興水の注文を聞いて、達也は、少し身構えた。苛立っているとき、興水は、沢山食べる傾向にあるのを思いだしたからだ。


「……なにか、怒ってる?」

「いや、別に怒ってないけど」

 興水の言葉尻が、歯切れが悪い。なにか、あったな、とは思ったが、追求はしなかった。


「俺は、タンメンと餃子だなぁ。餃子も気になるけど」

「あ、二三個やるよ」


「え、いいの?」

「ああ……」

 注文を聞きに来た店員に、オーダーを告げて、達也は興水を見やった。なにか言いたげな雰囲気だが、聞かない方が良いような気がして、スマートフォンを取りだした。


 別に今見なくても良いが、ニュースサイトを確認する。

 今日の株価、国際情勢……追っているニュースを時間つぶしがてらに見ていると、興水が口を開いた。


「凪は……、なんの用事があるか、知ってるか?」

「知らない。友達と会うような事を言ってたけど」


「……俺も、そう聞いてる。ただ……」

 興水は、言いづらそうに続けた。「普通、この状況で、お前より優先させる友人ってなんだよ」


「それを俺に言われても……」

「あいつに聞いたって、教えないだろうが」


「聞いたら教えてくれるんじゃないの?」

 なんとなく、そう思うが、教えないような気もする。


「少なくとも、俺には、関係のないことなんじゃないかと思うんだけど」

「そう……なのか?」


 興水が呟いた時、ラーメンとタンメンがやってきた。


「他の料理はあとでお持ちしまーす」

 間延びした声の店員の言葉を聞きながら、達也は、タンメンに視線を落とした。


 凪が、何をしているか―――。

 知りたいような、知りたくないような、微妙な気分だった。



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