凪と興水は、神崎を警戒していたが、あれから、神崎からの接触はなかった。
だが、念のため、ORTUS社とのやりとりについては、達也ではなく、凪に入って貰うことになった。これは、藤高と興水の二人で決め、社長からもOKが出たと言うことだった。
配慮については、ありがたい。
神崎は、次のイベントで進行にねじ込んできた。そういうことを考えれば、警戒して置いた方が良い。
藤高と興水だけでなく、凪や朝比奈、池田にも気を遣わせているのは申し訳なかったが、まずは、目の前の仕事に集中することが出来るというのも、ありがたいことだった。
相変わらず、興水と凪は達也の家に出入りして居るが、すっかり馴れてしまった。
当然のように、二人の身の回りの品が増えていくのが不思議で、妙な同棲生活みたいだと思ったら、頭を抱えるほかなかった。
日替わりで、別な男を出入りさせているというのは、あまりにも、不誠実だろう。
たとえば、二人がそれでいいと言っても、達也は、イヤだ。
(……セフレなら、それで良いのにな)
ちゃんとした『恋人』ならば、ちゃんと、相手に向き合いたい。それでなければ、恋人とは言えないと、少なくとも達也は考えている。だから、神崎とは感覚が合わない。
職場で仕事をしていると、定時を少し過ぎたころ、「あ、達也さん、今日なんですけど、ちょっと、俺、用事が出来ちゃって……」と凪がやってきた。今日は、凪が泊まりに来る日のはずだった。
「えっ? ああ、いいよ、一日くらい」
「……そう言うわけにはいかないので、興水さんにお願いしておきました。今日は、興水さんと帰って下さいね」
と念を押されて、達也は、ため息を吐く。二人のことを過保護だとは思う。
「興水は近所だから良いけど……」
「とりあえず、あの人がイギリスに帰るまでは、絶対に達也さんの事を一人にさせませんからね!」
そう、念を押す凪だったが、今日は、別件の用事というのを優先するらしい。
凪のプライベートに関わることなど、あまり気にしてこなかった達也だったが、多少、気になる。
「用事って、珍しいな」
「えっ?」
凪が、面食らったようだった。達也も、凪が驚くとは思わなかったので、慌てて取り繕う。
「あっ……えっと、お前、結構、……あんまり遊びに行ったりするイメージがないから」
「そうかも知れないですね」
凪が苦笑してから、続ける。「でも、たまには、友人と会ったりしますよ」
「ふうん」
そう応えながら、なんとなく、達也は、思った。
今日は、達也よりも、その友人と会うことを優先するのか―――と。
今、神崎のことがあって、興水と二人で警戒をしている、という状況だ。それでも、達也といることよりも、凪が、友人と過ごすと言うことが、少し、意外だった。
(いや、俺の方が、凪が一緒にいることが当たり前になりすぎてるな)
それは本来違うだろう。
凪には凪の交流関係があるはずで、それは、凪が優先すべきものだった。そして、凪が『友人』とだけ言って、具体的なことを言わないのだから、それは、達也の知らない相手か、達也が知っていても、詮索をされたくない相手ということだ。
「そんなわけで済みませんね、じゃあ、俺、お先に失礼します」
軽い挨拶を残して、凪が去って行く。
「おう、おつかれさん」
声を掛けたが、凪の背中にも届かなかった。
帰り道、興水と一緒に、ラーメン屋に寄ることになった。
最初の頃、オシャレな店に誘って、あからさまに狙ってきたのを思うと、かなりの格差があるが、『同僚』との距離感ならば、これがありがたい。
最寄り駅の駅前にある、やたら塩辛いラーメン屋は、昔ながらの『町中華』の風情があって、ラーメンとその他の一品料理、とそれにビールと焼酎が楽しめる。
朝比奈とはスポーツバーで野球の試合を見ていたが、ここでも、店内に置かれたテレビを見ながら、近所のおじさん達がプロ野球の試合に夢中になっている。
「俺は、ラーメンとレバニラとビールと餃子注文するけど」
興水の注文を聞いて、達也は、少し身構えた。苛立っているとき、興水は、沢山食べる傾向にあるのを思いだしたからだ。
「……なにか、怒ってる?」
「いや、別に怒ってないけど」
興水の言葉尻が、歯切れが悪い。なにか、あったな、とは思ったが、追求はしなかった。
「俺は、タンメンと餃子だなぁ。餃子も気になるけど」
「あ、二三個やるよ」
「え、いいの?」
「ああ……」
注文を聞きに来た店員に、オーダーを告げて、達也は興水を見やった。なにか言いたげな雰囲気だが、聞かない方が良いような気がして、スマートフォンを取りだした。
別に今見なくても良いが、ニュースサイトを確認する。
今日の株価、国際情勢……追っているニュースを時間つぶしがてらに見ていると、興水が口を開いた。
「凪は……、なんの用事があるか、知ってるか?」
「知らない。友達と会うような事を言ってたけど」
「……俺も、そう聞いてる。ただ……」
興水は、言いづらそうに続けた。「普通、この状況で、お前より優先させる友人ってなんだよ」
「それを俺に言われても……」
「あいつに聞いたって、教えないだろうが」
「聞いたら教えてくれるんじゃないの?」
なんとなく、そう思うが、教えないような気もする。
「少なくとも、俺には、関係のないことなんじゃないかと思うんだけど」
「そう……なのか?」
興水が呟いた時、ラーメンとタンメンがやってきた。
「他の料理はあとでお持ちしまーす」
間延びした声の店員の言葉を聞きながら、達也は、タンメンに視線を落とした。
凪が、何をしているか―――。
知りたいような、知りたくないような、微妙な気分だった。