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第53話 『非常に残念そうな顔』をした上司


 キックオフの飲み会は、和やかな雰囲気で終わった。


 朝比奈が藤高を好きらしいこと、池田が体育会系でありがたかったことなどが解っただけでも、収穫があったと達也は思っている。


 凪と興水の距離が近いのがすこし困ったが、とりあえず、乗り切ったことで、達也は安堵していた。


 興水の言う通りで、すこし飲み過ぎたせいか、足許がふらついている。


「……興水くん、瀬守の近所なんだよね」

 藤高が心配そうに言う。


「ええ、近所ですよ。部屋とかには行き来しないですけど」

「そうなんだ。……でも、ちょっと心配だから、このまま、連れて帰ってくれないかな」


「ええ、解りまし……」

 解りました、と言おうとした興水の言葉が、途中で途切れる。

 電話があったようだった。


「ちょっと済みません」と断ってから、電話に出る。

「はい、興水……えっ? 手配ミス? ……明日の朝一に必要? ……あー……じゃあ、ちょっと、今から帰社して、対応します。この時間捕まる業者さん、当たってみますんで。ええ、はい」


「興水くん、どうしたの?」

 藤高が聞くと、興水がため息を吐きつつ「明日、マルトミスーパーさんで催事があるんですけど、業者からの搬入、今日来る予定だったのが来てないらしいです」と応えて、すぐにタクシーアプリを立ち上げて配車予約をしている。


「俺、ちょっと、会社に戻ります」

「大丈夫? 俺らも、手伝おうか?」


「……お言葉だけ。今回のは、業者さんに問い合わせして、とりあえず、朝一に間に合わせる方向で動けば良いだけなんで」

「ちなみに、届いてないのは? 商品?」


「いえ、販売用の資材です。実演販売の時につかう、発泡スチロールの容器とか、ビニール袋とか、そういうヤツです」

「印刷所?」


「ええ……、ビニール袋は印刷所です」

「わかった。ちょっと、情報は共有させて。ビニール袋なら、最悪印字済みじゃないのでしのげるでしょ。そう言うものなら、手配ならば、こっちからも可能だから」

「助かります」

 ものすごいスピードで会話が進んでいく。


 興水は会社に帰るようだが、藤高も、知っているところへ連絡を入れているようだった。


「水野」

 興水が、凪に声を掛ける。


「はいっ!」

「……ちょっと、瀬守が心配だから、自宅まで送っていってくれ。……今、タク代、お前のLINEに送金したから」


 スマートな対応だ、と思いつつ、「俺はそんなに酔ってないよ」と反論するが、全員から、残念な顔をされたのが心外だった。


「酔ってる人が、一番『酔ってない』って言いますよね」

 朝比奈の言葉が、辛辣だった。


「とにかく、水野。……そいつが、路上でいきなり脱ぎだして警察のお世話になったら大変だから、ちゃんと送り届けてくれ」

「はい」


「興水……俺が、そんなことをすると思うのか?」

 失礼な、と言おうとすると、興水と藤高の上司二人が『非常に残念そうな顔』をしたのが印象的だった。


「お前……理解してんのか?」

「何を?」


「興水くん、瀬守は記憶がないんだよ……、瀬守、お前新人歓迎会の時、三次会の居酒屋で脱ぎだしたんだからな……?」

 藤高の言葉に、「え、嘘でしょう!」と達也は声を上げた。


「こんなことで嘘をいうか……だから、瀬守が居るときは、二次会までにしようって言う暗黙のルールが出来たんだよ。今日だって興水くんが、飲み過ぎだって注意してくれてるのに……」


 今まで知らなかった。社内では、みんな知っていたと思うと、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。

「な、なんで……っ」


「まあ、僕たちは言いふらしたりしないからね……。とにかく、水野、頼んだよ。会社の名誉がかかってる」


「解りました。絶対に、達也さんを脱がせないようにしますっ!」

 恥ずかしさのあまりに頭を抱えている達也を置いて、興水が振り返りもせずに颯爽とタクシーへ乗り込む。会社へ戻ったのだ。


 達也は凪に手を取られて、バス停へ向かった。

「じゃあ、お疲れ様でした~」


 挨拶をして、分かれていく。

 バスは、凪と、達也だけだった。


「凪は……家はどの辺?」

「達也さんの家の近くじゃないですよ」

 とだけ、凪は言う。


「そうなんだ。じゃあ、悪いな」

「興水さんから、命令されましたからね……それより、興水さんのマンションの近くだって、知ってたんですか? 行き来とか、してるんですか?」


 凪の声は固い。達也は、慌てて否定した。

「え、俺は、興水のマンションなんか知らないんだよ。なんか、あいつが一方的に知ってるだけ。俺の部屋が見えるっていう話だったから……ちょっと、気分は悪いけど……。人の出入りとか見られてたらイヤだなあと」


 歴代のセフレの中で、何人か、家でセックスをした人がいた。

 その中でも、割合長く続いたのが、S気質の男だった。プレイは良かった。普段、拘束されたり、道具を使ったりするようなプレイはあまり好まないが、その男は、そういうプレイが好みのようだった。結局、一緒に住みたいと言われて、縁を切った感じだったが、そういう男の姿を見られていたら、イヤだなと思う。


(……カーテン開けたまま、窓辺でしたこともあったし……)

 同僚に、自分の情事を見られていたら、それはかなり気まずいものだ。



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