キックオフの飲み会は、和やかな雰囲気で終わった。
朝比奈が藤高を好きらしいこと、池田が体育会系でありがたかったことなどが解っただけでも、収穫があったと達也は思っている。
凪と興水の距離が近いのがすこし困ったが、とりあえず、乗り切ったことで、達也は安堵していた。
興水の言う通りで、すこし飲み過ぎたせいか、足許がふらついている。
「……興水くん、瀬守の近所なんだよね」
藤高が心配そうに言う。
「ええ、近所ですよ。部屋とかには行き来しないですけど」
「そうなんだ。……でも、ちょっと心配だから、このまま、連れて帰ってくれないかな」
「ええ、解りまし……」
解りました、と言おうとした興水の言葉が、途中で途切れる。
電話があったようだった。
「ちょっと済みません」と断ってから、電話に出る。
「はい、興水……えっ? 手配ミス? ……明日の朝一に必要? ……あー……じゃあ、ちょっと、今から帰社して、対応します。この時間捕まる業者さん、当たってみますんで。ええ、はい」
「興水くん、どうしたの?」
藤高が聞くと、興水がため息を吐きつつ「明日、マルトミスーパーさんで催事があるんですけど、業者からの搬入、今日来る予定だったのが来てないらしいです」と応えて、すぐにタクシーアプリを立ち上げて配車予約をしている。
「俺、ちょっと、会社に戻ります」
「大丈夫? 俺らも、手伝おうか?」
「……お言葉だけ。今回のは、業者さんに問い合わせして、とりあえず、朝一に間に合わせる方向で動けば良いだけなんで」
「ちなみに、届いてないのは? 商品?」
「いえ、販売用の資材です。実演販売の時につかう、発泡スチロールの容器とか、ビニール袋とか、そういうヤツです」
「印刷所?」
「ええ……、ビニール袋は印刷所です」
「わかった。ちょっと、情報は共有させて。ビニール袋なら、最悪印字済みじゃないのでしのげるでしょ。そう言うものなら、手配ならば、こっちからも可能だから」
「助かります」
ものすごいスピードで会話が進んでいく。
興水は会社に帰るようだが、藤高も、知っているところへ連絡を入れているようだった。
「水野」
興水が、凪に声を掛ける。
「はいっ!」
「……ちょっと、瀬守が心配だから、自宅まで送っていってくれ。……今、タク代、お前のLINEに送金したから」
スマートな対応だ、と思いつつ、「俺はそんなに酔ってないよ」と反論するが、全員から、残念な顔をされたのが心外だった。
「酔ってる人が、一番『酔ってない』って言いますよね」
朝比奈の言葉が、辛辣だった。
「とにかく、水野。……そいつが、路上でいきなり脱ぎだして警察のお世話になったら大変だから、ちゃんと送り届けてくれ」
「はい」
「興水……俺が、そんなことをすると思うのか?」
失礼な、と言おうとすると、興水と藤高の上司二人が『非常に残念そうな顔』をしたのが印象的だった。
「お前……理解してんのか?」
「何を?」
「興水くん、瀬守は記憶がないんだよ……、瀬守、お前新人歓迎会の時、三次会の居酒屋で脱ぎだしたんだからな……?」
藤高の言葉に、「え、嘘でしょう!」と達也は声を上げた。
「こんなことで嘘をいうか……だから、瀬守が居るときは、二次会までにしようって言う暗黙のルールが出来たんだよ。今日だって興水くんが、飲み過ぎだって注意してくれてるのに……」
今まで知らなかった。社内では、みんな知っていたと思うと、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
「な、なんで……っ」
「まあ、僕たちは言いふらしたりしないからね……。とにかく、水野、頼んだよ。会社の名誉がかかってる」
「解りました。絶対に、達也さんを脱がせないようにしますっ!」
恥ずかしさのあまりに頭を抱えている達也を置いて、興水が振り返りもせずに颯爽とタクシーへ乗り込む。会社へ戻ったのだ。
達也は凪に手を取られて、バス停へ向かった。
「じゃあ、お疲れ様でした~」
挨拶をして、分かれていく。
バスは、凪と、達也だけだった。
「凪は……家はどの辺?」
「達也さんの家の近くじゃないですよ」
とだけ、凪は言う。
「そうなんだ。じゃあ、悪いな」
「興水さんから、命令されましたからね……それより、興水さんのマンションの近くだって、知ってたんですか? 行き来とか、してるんですか?」
凪の声は固い。達也は、慌てて否定した。
「え、俺は、興水のマンションなんか知らないんだよ。なんか、あいつが一方的に知ってるだけ。俺の部屋が見えるっていう話だったから……ちょっと、気分は悪いけど……。人の出入りとか見られてたらイヤだなあと」
歴代のセフレの中で、何人か、家でセックスをした人がいた。
その中でも、割合長く続いたのが、S気質の男だった。プレイは良かった。普段、拘束されたり、道具を使ったりするようなプレイはあまり好まないが、その男は、そういうプレイが好みのようだった。結局、一緒に住みたいと言われて、縁を切った感じだったが、そういう男の姿を見られていたら、イヤだなと思う。
(……カーテン開けたまま、窓辺でしたこともあったし……)
同僚に、自分の情事を見られていたら、それはかなり気まずいものだ。