池田には悪かったが、池田のおかけで、場が和んだのは幸いだった。
「池田、ゴメン。……筋肉凄いよね、ちょっとうらやましい」
「え? 瀬守さん、マッチョ好きですか?」
「好きか嫌いかと言われると、微妙な所だけど、筋肉が沢山ある方が、なんか、カッコイイ感じがするのは、一般論だと思うんだけどなあ」
「おとこ『らしさ』の問題とかになってくると、ちょっと、話が変わってきますけどね」
と言いつつ、凪が、妙な視線を送ってくる。
凪は、引き締まった身体付きではあったが、筋肉質という感じではない。
「まあ、確かに」
「あ、瀬守、俺は脱いだら凄いよ」
隣で笑う興水に、達也はぞっとする。
「お前……それ、今、ここが男しかいないから良いけど、セクハラになりかねないだろ……」
「なに、興水くん、鍛えてるの?」
藤高が身を乗り出して聞いてくる。興味があるらしい。
「一応、ジムとかは行ってます。それなりに、絞っては居ると思うんですけど、なんか、だんだん、思うように身体が絞れなくなっているというか……みんな、三十を超えたらヤバいっていうから、結構、怖いんですよね」
興水も達也も、ギリギリ二十代。確かに、三十代の先輩から聞かされる『三十代になったら、身体がガクッとくるぞ~』というニヤニヤ笑い混じりの呪いの言葉は、恐ろしい。
「ああ、確かに。僕も、全然、だんだん腹が出てきた気がする」
「えっ、藤高さん、全然お腹とか出てないですよ。むしろ、細いと思うんですけど」
朝比奈が空かさずフォローに入ったのを見て、達也は、確信した。朝比奈の、好きな人というのは、藤高だ。
(藤高さん、ねぇ……)
悪い人ではないし、仕事もしっかりやってくれる。そういう意味で、良い上司だ。しかし、達也は、藤高の個人的な部分を全く知らないので、なんとも言えない。可愛い後輩のカテゴリに入る朝比奈が、嫌な思いをしなければなんでも良いが……。
(そもそも、男がOKかって言うところからだからなあ……)
それに、存外真面目な藤高は、『部下』に手を出すとは思えない。
やはり、会社内の恋愛というのは、難しいところがある。
どうしても、ごちゃごちゃする……。
達也の思考を分断するように、するり、と凪の手が、達也の太腿に触れた。
「おい……」
窘めるが、凪は気にしていない。
「……そっちの鍋って、具材、一緒ですか?」
身を乗り出すようにして、凪が聞く。顔が近い。くっつくな、と言いたかったが、凪はわざとやっているのだ。
「ん? 水野、なにかこっちの鍋からとろうか?」
親切に、興水がにっこり笑いながら言う。声は優しいが、目が笑っていないのが怖い。
凪は「えー、興水さんにつけてもらうなんて、畏れ多くて出来ないですよっ!」と言いながら、鍋の中身を確認するフリをして、達也の脚を触っている。服の上から、軽く、なで回されて、変な気分になってくる。
(……っ……この……)
退けたかったが、ここで凪を突き飛ばして、鍋をひっくり返すわけにも行かない。
「凪、ちょっと、重いんだけど?」
精一杯、の言葉だった。
「すみません。ちょっと、鍋確認したくって」
にこっと笑う。凪の目も、笑っていない。小さな声で、凪が呟く。
「……朝比奈さんのこと、見ないでって言ったのに」
どうしようもないことを、と達也はため息を吐きながら「適当に、付けるけど良い? 興水じゃなくて、俺なら良いだろ」と言う。
「ありがとうございます、じゃあ、俺の分、よろしくお願いします」
「テキトーに付けるよ」
「ありがとうございますっ!」
とんすいを渡される。その時、わざとらしく、指先に触れてくる。
鍋の中身は、すでに、乱れている。こうなってくると、綺麗に付けなくてもいいやという感じになるので、気が楽だ。
「あ、そっちって、つみれの団子二種類じゃないですか。両方付けて貰って良いですか?」
言われてから、つみれが二個あるのに気が付いて「あ、本当だ」と鍋の中身を探し始める。
達也に身体を密着させるようにして凪が身を乗り出しながら、鍋の中身を確認して「あ、そっちのにんじんの下です。あと、すみません、俺、しいたけ苦手なんで……」などと行って、指示してくる。
「しいたけ苦手なんだ」
「はい……なんか、ダメなんですよ……」
「ふうん……」
確かに、しいたけが苦手な人は多いが、達也はどちらかというとしいたけは好きな方なので、凪の気持ちが良くわからない。そもそも、鍋にはしいたけの出汁は出ているのではないかという、どうしようもないことを考えつつ、凪にとんすいを返した。
「あ、美味しそう! ありがとうございます、達也さん!」
にこっと笑いながら、凪は美味しそうに食べている。
達也は、なんとなく、やりとりで疲弊してしまって、食欲が少なくなっていた。個別に出されている料理だけ手を伸ばしつつ、酒を飲み続けていた。
「瀬守」
耳元に、興水の声がする。
「なに?」
「……飲み過ぎじゃないか? ソフトドリンクに変えた方がいいと思う」
興水の警告を無視して「え、大丈夫だよ、俺、酒には弱くないし」と達也は、また、一口、ビールを飲んだ。