個室の入り口に立っているのは、遠田だった。
「あれ、もしかして、会社の飲み会? うちも、今、会社の飲み会の最中なんだ」
凪が柔和に言うが、遠田は、違った。眉をつり上げて、こちらを睨み付けている。達也たちと、和気藹々としている姿が、気に入らないのだろうとは、想像が付いた。
「俺は、別に飲み会というわけじゃないよ。まあ、接待みたいなもんだけど……そっちは、会社の人と和気藹々って感じなんだね。仲良しこよしで、良いんじゃない?」
どうにも険のある言い方に、池田がイラつくのが解った。
俺や興水は、苦笑するだけだ。若い内は、自分の立場も解らずに、イキった発言をする奴も一定数いるものだ。達也から見れば、遠田は、そういう感じに見えた。
「接待、ねぇ」
達也が呟くと、遠田は、ふん、と鼻を鳴らす。何か、言いたさそうな遠田を遮ったのは、池田だった。
「あの。本当に接待だったら、こんなところで油売ってて良いんですか?」
たしかに、とチーム『寄せ鍋の会』のメンバーは肯いている。
「べ。べつに……」
「まあ、こういう所の接待なら、大分、気軽な接待なんでしょう。……じゃあ、僕たちは、僕たちの集まりなので、部外者の人は、出て貰えますかね」
池田が圧の強い笑顔で言う。体育会系の池田が、にっこりと笑うのは、存外、怖い。
「っ! お、お前達、一体、何の集まりなんだよっ」
「えー、鍋料理をこよなく愛する『寄せ鍋の会』だけど?」
藤高が、しれっと言う。存外、うちの上司は、良い性格をしている。向かいの興水が、小さく吹き出した後、肩を震わせて笑いを堪えているのが見えた。
「はぁっ? 仕事でもないのに? 水野、こんなのと一緒に居たら時間の無駄……」
と凪の手を引っ張ろうとした遠田を、池田が遮る。
「っ!!」
「……どこのどなたか知らないけど、とりあえず、人の飲み会に勝手に顔出して、余計な事を言ってるアンタはとりあえず迷惑なんで、店の人に迷惑な人がいるって通報されたくなければ、すぐに立ち去ってください。あと、社会人にもなって、会社以外で付き合うお友達がいないのって、かなりヤバい人生歩んでますね」
「あー、遠田さん。そいつの言う通りですよ、こっちはただの飲み会なんですから、空気悪くしないで下さいよ。あと、俺、あなたの会社の連絡先知ってるんですからね。これ以上、邪魔をするようだったら、会社に連絡しますよ。社会人にもなって、会社に連絡されるの、恥ずかしくないならどうぞ」
達也の言葉を聞いた遠田が、なにか、ぶつぶつと言っていたが、そのうち、すごすごと帰って行った。
「なんか、俺の知り合いが済みません」
凪が頭を下げる。
「あー、良いよ良いよ。しかし、チーム名は『寄せ鍋の会』でよかったねぇ」
藤高が、からっと笑う。達也の隣の興水は、相変わらず、肩を震わせて笑っている。よほどツボに入ったらしかった。
「あのさ、そんなにウケた?」
藤高の問いに、興水は手を上げて「だって、藤高さん、真面目な顔で、『鍋料理をこよなく愛する『寄せ鍋の会』だけど?』とかいうんですもん!」と笑っている。
「まあ、良いじゃないか」
「ええ。……とりあえず、藤高さんのおかげで、助かりました」
「じゃあ、本気で、この会は、鍋料理だけにしましょうね」
と真剣な顔をして言うのは、朝比奈だった。
「えっ?」
「あ、俺、水炊き行きたいです! 興水さんごちそうしてっ!」
手を上げたのは凪だった。水炊きは、それなりに高価だろう。良い性格をして居る。
「水炊き、良いですね。自分は、もつ鍋も良いと思いますよ。もつ鍋なら、駅前に、良い店があるっす」
「闇鍋、やりませんか。藤高さんのご自宅で」
朝比奈は朝比奈で容赦がない。
「嫌だよ! お前ら、絶対に変な具材入れるだろっ!」
「まあ、食べ物限定ってしておけば……」
「藤高さんのおうちってどんな感じですかね。ちょっと気になる」
池田まで乗ってきたので、達也は思わず笑ってしまう。
「闇鍋はともかく、おうち鍋ってのも、なかなか楽しそうですよね」
達也が笑うと、すかさず「じゃあ、二人でやろうか」と興水が、耳元に囁いてきた。
「っ!」
まったく不意打ちだったので、面食らっていると、興水が、にんまりと笑う。
「え、どうしたんっスか、お二人」
「いや、コイツが……今度、別枠で鍋やるかとか言ってくるから」
「あー、お二人同期ですよね。仲が良くて良いっすね」
池田が、にかっと笑う。仲が良いという言葉に、少々、引っかかりを覚えつつ、『険悪な仲』と周知されているよりはマシなので「まあなあ」と曖昧に返す。
「実は、うちが近所なんだよ」
とは興水の言葉で、となりで凪が、のみかけのビールをこぼした。
畳の上に、ビールが広がる。
「え、興水さん、達也さんの、近くに住んでるんですか?」
「えっ? ああ、瀬守の部屋、見えるくらい近いよ」
「なんだそりゃ、近すぎるだろ」
藤高が笑う。朝比奈と池田も笑ったが、凪は、笑わずに、広がって畳に吸い込まれていくビールを呆然と見ていた。