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第49話 チーム『寄せ鍋の会』キックオフ



 チーム『寄せ鍋の会』の最初の飲み会―――は、『ちゃんこ鍋』屋でやることになった。なんでも、元力士が経営している店だそうで、年中、絶品ちゃんこ鍋が食べられると言うことだったが、店に着くなり、


「みなさん、お鍋が好きな方の集まりなんですね! うちの鍋も是非楽しんでいってくださいね!」


 と笑顔で店主に言われたときには、達也は、恥ずかしくてたまらなくなった。


 しかし、恥ずかしいのは達也だけで、「今回のプロジェクトが終わったとしても、いろんな鍋屋に行くと面白いかも知れないね!」などと、前向きに話をしているのが、心底恐ろしくなった。


 席には、ガスコンロの上に、大きな土鍋が用意されていた。その中に出汁が貼ってあり、綺麗に具材が並んでいる。


 野菜だけではなく、肉なども鍋の中に綺麗に並べられていた。つみれだけは、別添えであとから投入と言うことらしかった。


 鍋は二つあって、味噌味と醤油味らしい。


「本当に、鍋をやるとは……」

「でも、ちょっと面白くない? 鍋って、冬のイメージがあるけど、夏でも美味しいだろうし」


「韓国とかだと、夏でも食べますよね」

「それにちゃんこ鍋屋さんだって、夏ちゃんと営業してくれてるんだし」


 店内を見回すと、盛況なようだった。皆、熱そうにしているが、懸命に鍋を食べている。


「それになんとなく、畳の個室っていうのも、俺は落ち着いて好きだな」


 藤高が満足そうにして居るので、とりあえず、達也は黙った。

 席は、上座に藤高と興水の二人をテーブルを挟んだ向かい合わせに座らせて、興水の隣が、達也、その隣が凪だった。


 達也の向かいに朝比奈、そして凪の向かいが池田という並びになる。

(あー、俺、あっちが良かったなあ)


 凪と興水の間、というのが、今ひとつ寛ぎづらい場所だ。しかし、幹事の二人は、『通路に近い方』だし、興水は『上司』だ。そうすると、余っている朝比奈と達也が真ん中に来ざるを得ない。


「真ん中の席だと、どっちの鍋からも取りやすそうだね」

 藤高が言うのを聞いて、「あ、じゃ、そっち交換しますか?」と申し出ると、隣の興水から「藤高さんは上座でしょうが」と言う言葉と「僕が、お取りしますから大丈夫ですよ!」という朝比奈の言葉で封じられてしまった。


「それじゃあ、集まったところで……、チーム『寄せ鍋の会』のキックオフ、今からスタートします。とりあえず、飲み物なんかは、QRコードから注文してくださいとのことです。あと、今回の飲み会の為に、社長から寸志頂いてますんで、明日、社長にお礼言ってください!」


 なんとなく拍手になる。

 達也は、凪に「佐倉さん、出してくれたの?」と問いかける。


「そうなんですよ、池田さんが、社長室に行って、『今度、特別チームのキックオフの飲み会やるんですよ』って雑談しに行ったんですよ。俺は、びっくりしました」

「はー……」


 凪の言葉を聞いて、思わず達也は溜息を吐くが、池田は、

「だって、こう言うのって、社長とかもし、来てくれるならそれも良いと思いますし、仲良くやってるんだってアピールにもなるじゃないですか」と気にした様子はない。


「ついでに、寸志をもぎ取ってくるんだから、お前は凄いよ……」

 呆れてしまう。


「へへっ、そうっスかね」

 ちゃっかりしているのは良い事だとは、達也も思う。『図々しい』のは困るが、ちゃっかりならば、可愛いものだろう。さじ加減が難しいが、ちゃっかりモノは、好かれる傾向にある。


 とりあえず、飲み物を注文して、カセットコンロに火を付けて貰う。全員、『とりあえずビール』だったので面倒がなくて良かった。


「じゃあ、チームの前途を祝して、藤高さん、乾杯お願いします!」

「ああ、解ったよ。えーと、今日は、こういう会を持つことが出来て、あと、しっかりした部下達に囲まれて、心強いです。ここから、大変かも知れませんが、一緒に頑張っていきましょう! 乾杯っ!」


 中ジョッキ同士を軽く合わせながら、乾杯の挨拶を交わす。

 喉が渇いていたせいもあって一気に飲んだビールは、美味しかった。


「おー、仕事上がりのビールって美味いよなあ」

 池田が、朝比奈に同意を求める。


「そうですね」

 朝比奈が、微妙な顔をして笑ったのを見て、そういえば、朝比奈は会社内に好きな人がいると言っていたのを思いだした。


(朝比奈の好きな人……)

 誰だろう。


 つい、気になってしまって、慌てて否定した。会社内の、こういうごちゃごちゃしたのには、首を突っ込みたくはない。そして、朝比奈の好きな相手というのは、達也ではないだろうから余計に首を突っ込んではいけないと思う。


「鍋って、どれくらいで煮えるかな」

 藤高が言うと「十分や二十分くらい掛かるんじゃないですか?」と朝比奈が答えている。


「そっかー、その間、なんか、鍋を眺めながら酒だけ飲んでるのも、なんだかなあと思って」


 たしかに、言われて見ればそうかも知れない。達也も、ちゃんこ鍋屋というのは初めてだったので、そう言うことを気にしなかった。二十分、酒だけを飲んでいるのは、すこし厳しいかも知れない。


「あ、大丈夫ですよ。コースなんで、料理も他に来るはず……って、ちょっと遅いですよね。今、聞いてみます」

 すみませーん、と凪が個室から顔を出して呼びかける。


 ほどなく店員がやってきて、他の料理の提供タイミングを確認すると、「失礼しましたっ!」と慌てた様子で去って行く。どうも、出し忘れていたようだった。

 すこし安心したところで、「あれ、水野……?」と、言う声が聞こえた。


 達也が、視線を遣ると、そこにいたのは、遠田だった。



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