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第48話 チーム寄せ鍋



 お前には関係がない、と言ってやろうかと思ったが、いろいろ、詮索されているのは気分が悪いこともあって、


『ホテルだよ』


 とだけ返した。

 ガタッと音がした。興水が、デスクの上に置いていたカップを倒して、その辺にコーヒーをぶちまけたらしかった。

 興水の動揺を誘えたことで、達也はすこし溜飲を下げ、仕事に精励することにした。




 池田の提案は、すんなりとおり、チーム名を付けると言うことで一致した。


 最初、チーム名を付けるなんて、高校生かよ、と思った達也だったが、外でチーム名を出したときでも、プロジェクトが探られにくくなる利点があるというのを聞いて、なるほど、と納得した。それならば、確かに、情報漏洩のリスクの観点からも、優れている。


「じゃあ、思い切った名前にしましょう」

「あ、でも、万が一、先方に知られたときに、頭を抱えない程度の名前の方が良いと思う」

 と発言したのは、朝比奈だった。


「たしかに、そのリスクもあるな」

「社会人なんだから、そこまで奇抜な名前は付けないだろう」


「あ、俺、今、『ぷにぷに愛好会』って名前にしようと思ってました!」

 手を上げたのは、池田だった。


「ぷにぷに……」

「それとも『肉球の会』にしますか?」


「とりあえず、池田が、肉球好きだというのは伝わった……最悪、ぷにぷに愛好会になるが、何か他に意見は?」

 ファシリテーターをしながら、達也は内心、焦る。


 ぷにぷに同好会は、ちょっと、嫌だ。


「あー、じゃあ、せっかくいろんな所から寄せ集めて来たから、『闇鍋会』はどう?」

 興水が笑う。


「それなら、闇鍋だと、なんか、イメージが悪いので、寄せ鍋あたりでどうでしょう」

 ぷにぷによりは、かなりマシだ、と達也は思う。


「俺も、寄鍋会でいいと思うけど……それとも、もっとカッコイイプロジェクト名みたいなのは?」


「……思いつかないんですよね、カッコイイプロジェクト名……」

 はぁ、と朝比奈がため息を吐く。


「藤高さん、何かアイディアありませんか?」

 上司の藤高に振ると、彼は、すこし考えて、「そうだなあ、なんとかプロジェクトとかやると、途端に、大仰な感じになるでしょ? それはちょっとなあ」と呟いて、「僕も、寄せ鍋の会で良いんじゃないかなと思うけど」


「じゃあ、寄せ鍋の会ということで、ここも、寄せ鍋の会プロジェクト室って言うことにしましょう」


 今は、会議室を臨時のプロジェクト室ということで借り切っている。

 会社を挙げて取り組まなければならないイベント、というのを周知する必要があるので、プロジェクト室を作っていたが、そこにも正式にチーム名を貼っていこうと思う。


「じゃ、自分が、作りますよ。ネームプレート」

 申し出たのは凪だった。


「デザイン部に頼んだら良いんじゃない?」

「デザイン部の人たち、忙しいでしょうし、自分も、イラストレーターとか使えますから」


「じゃ、それは凪で」

 一瞬、興水が、目を細めた気がして、背筋が、ひゅっと冷たくなる。

 気軽に、凪に用事を言いつけたのが、気に障ったのかも知れないが、これは、仕事だ。


「あっ、そーだ!」

 池田が思い出したように手を上げた。


「なんだ、池田」

「チーム名が決まったんですから、ここは一発ぱーっと、チームで飲み会やりましょうよっ!!」


 一瞬、(マジカヨ……)とは思ったが、上司としては、後輩から飲み会をやりたいと言われると、すこし弱い。


 昨今、『上司と飲み会なんて絶対に嫌』という若手が多いと言われているし、達也自身は、どちらかというと、上司と飲み会は行きたくないからだ。そこを、後輩側から、飲み会と言われると、達也は、断りにくい。


「飲み会、か……」

「そーですよっ! 飲み会っ!!」

 ちらり、と藤高を見やると、藤高のほうは、興水を見ているようなので、興水の出方を探っているようだった。


「あの」と手を上げたのは朝比奈だ。「うちら、『寄せ鍋』なんで、お互いの事を結構知らないと思うんです。だから、今後のプロジェクトを円滑に進める上でも、飲み会は一度やって貰えると嬉しいです」


「なるほど……」

「じゃあ、幹事は言い出した池田に任せて大丈夫?」

 興水が、やんわりと微笑みながら、池田に問う。


「勿論っす。あ、あと、水野。水野も一緒に幹事やって良いですか?」

「良いけど……二人は多くない?」


「いえ、こいつ、まだ一年目だし、会社の飲み会に三回したこともあんまり多くないだろうし、幹事の手はずとかも、やったことないと思うんで、一緒に一回幹事やれば覚えられると思うんですよ!」


「ああ、そう言うことなら、池田と水野の二人で、幹事をお願いね」

 凪は、すこし驚いた顔をしていたが、すぐに「池田さん、ありがとうございます。是非一緒にやらせてくださいっ!」と手を差し出していた。


 そんな池田と凪の様子を見て、なぜか、興水が、笑みを濃くしていたのだけが、すこし不穏だと、達也は、なんとなく、嫌な予感がしていた。



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