凪と二人揃って遅めの出社をしても、特に誰かから言われることはなかった。
(まあ、男同士だし、当たり前か)
と、達也はすこしだけ安堵する。職場で、ごちゃごちゃしたくない。ここは、仕事をする場所だ、と言う気持ちをもう一度、あらたにした。
PCを立ちあげ、メールを確認していると「おはよーございまーす」と声が掛けられた。
同じチームで達也の部下にあたる、池田だった。短めのスポーツ刈り姿が似合う、爽やか体育会系のスタイルだ。朝から元気で、思わず苦笑が漏れる。運動部に長く在籍していたと言うが、声がデカいのだ。
「瀬守さん、珍しいですね」
「なにが?」
「遅めの出社ですよ。瀬守さん、いつも、大体定時きっかりに出社してるじゃないですか」
達也が遅れてきた理由が気になるらしく、朝比奈や、興水もなんとなく聞き耳を立てているらしいのは、察する事が出来た。
「え? 寄るところがあっただけだけど……?」
「寄るところってどこですか?」
正直にモーニングビュッフェとは言いづらく、すこし逡巡しながら、達也は応える。
「役所」
「えっ? どうしたんですか?」
「住民票が必要だったから。今年、マンションの更新なんだよ。土曜の朝だけやってるって聞いたから」
それ自体は嘘ではない。ので、どこかで住民票は取得してくる必要があるだろう。
「なんだ、マイナンバーカードにしておけば、コンビニから出せるのに。結構便利ですよ?」
池田が笑う。
「コンビニから出来るのか……」
「そうなんですよ~。あ、それより、今回の、特別チーム、俺も推薦してくれたんですよね? ありがとうございますっ!」
本題は、そっちだったか、と達也は安堵した。
「しばらく、本業と、二足のわらじになるから大変だと思うけど、池田なら、やれると思うんだよね」
池田が、にかっと笑う。
「期待して貰えるんなら嬉しいです! ほら、うちって、若手だと、圧倒的に凪が強いじゃないですか。あいつは確かに凄いんですけどね。先輩としても、ちょっとは頑張んないと! なので、ボーナスの査定はよろしくお願いしますっ!」
「査定は、俺じゃなくて、藤高さんとかなんだよなあ」
「藤高さんも一緒のチームになったから、嬉しいっすよ。あ、今回のチーム名とか、決まってないんですかね」
「チーム名? 高校の学祭みたいに?」
達也は、首を捻る。今まで、仕事をするのにプロジェクト名やチーム名を付けたことなどなかったからだ。
「なんか、プロジェクト名とかチーム名とかあると、ちょっと盛り上がる感じしませんかね」
「盛り上がるかどうかはともかく……」
しかし、あちこちの部署から人をかき集めてきているチームなので、確かに、何か固有名称が合ったほうがラクな気がする。
「じゃあ、グループチャットに入れて……」
いつもならば、入れておくか、と言うところだったが「池田、グループチャットに入れといて」と頼んでみた。
大体、なんでもやれることはやってしまうクセが付いているが、少しずつ、人に振ることをやっていかないと、と思ったからだ。
「オッケーですっ! 定例ミーティングとかのタイミングで話し合うって形で連絡しておきますね」
「うん頼んだ」
池田は、意気揚々と自席に戻っていく。
凪の事を聞かれなくて良かったと思っていたから、スマートフォンにLINEが入ってきた。
『昨日は、水野の所に泊まったの?』
興水からだった。返事をするのもバカバカしいと思いつつ、達也は、LINEに返信を打つ。
『水野の所に泊まったわけではないよ』
嘘は言っていない。ホテルに泊まってきたのだ。
『でも、昨日の夜は帰らなかったでしょ』
そういえば、興水の自宅から、達也の自宅は観察出来る距離だった事を思い出した。頻繁に覗いているのだろうかと思うと、すこし、気持ちが悪い。
そういえば、と達也は、管理人に怒られたことを思い出した。
ゴミが散乱していたと―――。
興水が、ストーカーのような事をして居るとは思えないが……。しかしどうやって、興水に聞けば良いのか、よく解らない。
まさか『お前、うちのゴミ漁ってた?』と気軽に聞くことが出来る話題ではない。
(困ったな、こういうのは、どこに相談すれば良いんだろ……)
溜息しか出ない。
『俺が帰るかどうか、ずっと見てるの? ちょっと怖いんだけど』
『ずっとじゃないよ。……折々。例えば、食事前とか、風呂に入る前とか……寝る前とか』
そういえば、風呂には窓が付いている。風呂に入っているのも、興水に監視されているのだろうか。
『俺が風呂に入ってるのとかも、見てるの?』
『そう言うときもあるけど、積極的に、何をしているかは覗いてないよ』
その言葉をとりあえず信じるしかないだろう。
『それで、昨日は、帰らないで何してたんだよ』