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第46話 エサに吊られやすいタイプ



 昨日と同じ服で出社するというのも、中々、はずかしい。

 シャツや下着はコンビニで調達出来るが、誰かに、バレたらどうしようと、つい思ってしまう。


 凪と一緒に出社するのも恥ずかしさがあったが、同じ場所から同じ場所へ移動するのに、タイミングをズラすのも、変だろう。


 朝食をホテルでゆっくり食べる時間はないと思っていたが、モーニングビュッフェの内容は、なかなか、魅力的で、つい、朝食をホテルで取るようにしてしまった。当然、出社時刻には間に合わないので、二人揃ってフレックス出社になる。そのほうが恥ずかしいというのに気が付いたのは、空いている電車に、着席して出社出来たときだった。


「モーニングビュッフェ、良かったですね」

 凪が言う。


「うん、確かに」

 モーニングビュッフェが別料金ならば、諦めて満員電車に揺られていただろう。けれど、宿泊に、モーニングビュッフェが付いているプランで予約したと聞いたら、もったいない気持ちになってしまった。こういう、貧乏性な所は、どうしようもない。


「達也さん、ウインナー派なんですね。俺はベーコン派なんですよ。自分では、カリカリに作れないんで、ホテルのベーコンって嬉しいんです」


「あ、わかる。カリカリのベーコンに憧れて作ってみたら、凄くちっちゃいのが出来て、なんか寂しくなったよ」


「それです。達也さんも、ちゃんと朝食、作るんですね」

 凪が柔らかく微笑むのが、心臓に悪い。


「そりゃあまあ、社会人の基本だろうが、基本」

 達也がぶっきらぼうに言うと、凪が「そうですね。朝、ちゃんと食べないと、パフォーマンスが出ないです。それは、周知されるべき内容だと思いますね」と真面目な顔をして言うのがおかしかった。


「周知はされてるだろうけど、みんな朝飯を抜く方がメリットがあると思ってるんだろ。パフォーマンスを上げたところで、別に仕事をしたくないってヤツも一定数いるだろうし」


 大きなあくびをしながら、達也は言う。


 パフォーマンスはともかく、昨夜、『激し目の運動』をしたおかげで、ストレスは消えているし、気分も良い。


 結局の所、身体が満足出来れば、良いのだろうし、セックスが好きなのだ。

 我を忘れて、快楽と本能に素直になることを許されている行為。


 相手に、すべて委ねてしまうことが出来るというのも、悪くなかった。

 凪は優しいし、達也の身体を慮っているが、その優しさは、時折もどかしくもなる。


 モノみたいに、扱われたいというタイミングもあったりするからだ。そういう意味で、昨日は、凪の好きなようにされた感じがあって、それも、達也の好みに合っていた。


 身体のほうはどう考えても、凪とは相性が良いのだ。

 それを否定出来ないから、気楽に突き放すことが出来ない。

 マッチングで新しい相手を選ぶのは良いが、やはり、好みに合う人とした方が、安全だし、面倒がない。


(まあ、面倒な事といったら、間違いなく、同じ職場だってことだよなあ)


 それが大きいがそれさえなければ、最高の相手かも知れなかった。


「達也さんは、自分は凄く真面目に仕事を頑張るのに、人には強要しないんですよね」

 凪が、ポツリと呟く。


「まあ、他人のことはどうでも良いな」

「結構、ドライ」


「そうでもないんじゃない? 面倒な事が嫌いなだけだよ」

「俺は、まだよく解らないんですけどね……仕事とか、そういうのは。ただ、達也さんと一緒だから頑張れてる部分っていうのは、かなりあると思います」


「まあ、まだ一年目だしな……」

 しかし、達也のほうは、一年目といいつつ、かなり凪に頼っているところがある。


 頭が良い奴は、きっと、仕事を覚えるのも早いのだろうとは思っているのだが、それだけではないだろう。


「……俺、結構、エサに吊られやすいタイプなんですよ」

 凪が、小さく呟く。


「エサ?」

「……また、達也さんが、俺と会ってくれるなら、仕事なんかいくらでも頑張れます」


 凪は、真剣な様子だったが、達也は、思わず溜息を吐いた。

「なんで、俺が仕事のために身体張らなきゃならねぇんだよ」


「なるほど」

「……お前も、そういう変な考えはしない方が良いからな。仕事は仕事プライベートはプライベートっ!」


「まあ、確かに……確かに、そうですね?」

「そうだよ……ったく、また、誘いたくなったら誘えば良いじゃないか」


 凪が、きょとん、とした顔をしていた。

「なんだよ」


「……誘って良いって、言われるとは思わなかったので」

「適当に、都合が付いたら会うって……前、言わなかった?」


 それは別に特別なことでも何でもない。意味合いはない。ただの性欲の処理、というのを忘れなければ良いだけだ。


「えっと、ハイ、たしかに……」

「いろいろ考えすぎなんだよ。ちょっと、最寄り駅まで寝るから、起こして」


「えっ? ……はいっ!」

 そのまま、腕を組んで、目を閉じる。最寄り駅まで、それほど時間が掛かるわけではなかったが、すこし、思考を整理したかった。




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