昨日と同じ服で出社するというのも、中々、はずかしい。
シャツや下着はコンビニで調達出来るが、誰かに、バレたらどうしようと、つい思ってしまう。
凪と一緒に出社するのも恥ずかしさがあったが、同じ場所から同じ場所へ移動するのに、タイミングをズラすのも、変だろう。
朝食をホテルでゆっくり食べる時間はないと思っていたが、モーニングビュッフェの内容は、なかなか、魅力的で、つい、朝食をホテルで取るようにしてしまった。当然、出社時刻には間に合わないので、二人揃ってフレックス出社になる。そのほうが恥ずかしいというのに気が付いたのは、空いている電車に、着席して出社出来たときだった。
「モーニングビュッフェ、良かったですね」
凪が言う。
「うん、確かに」
モーニングビュッフェが別料金ならば、諦めて満員電車に揺られていただろう。けれど、宿泊に、モーニングビュッフェが付いているプランで予約したと聞いたら、もったいない気持ちになってしまった。こういう、貧乏性な所は、どうしようもない。
「達也さん、ウインナー派なんですね。俺はベーコン派なんですよ。自分では、カリカリに作れないんで、ホテルのベーコンって嬉しいんです」
「あ、わかる。カリカリのベーコンに憧れて作ってみたら、凄くちっちゃいのが出来て、なんか寂しくなったよ」
「それです。達也さんも、ちゃんと朝食、作るんですね」
凪が柔らかく微笑むのが、心臓に悪い。
「そりゃあまあ、社会人の基本だろうが、基本」
達也がぶっきらぼうに言うと、凪が「そうですね。朝、ちゃんと食べないと、パフォーマンスが出ないです。それは、周知されるべき内容だと思いますね」と真面目な顔をして言うのがおかしかった。
「周知はされてるだろうけど、みんな朝飯を抜く方がメリットがあると思ってるんだろ。パフォーマンスを上げたところで、別に仕事をしたくないってヤツも一定数いるだろうし」
大きなあくびをしながら、達也は言う。
パフォーマンスはともかく、昨夜、『激し目の運動』をしたおかげで、ストレスは消えているし、気分も良い。
結局の所、身体が満足出来れば、良いのだろうし、セックスが好きなのだ。
我を忘れて、快楽と本能に素直になることを許されている行為。
相手に、すべて委ねてしまうことが出来るというのも、悪くなかった。
凪は優しいし、達也の身体を慮っているが、その優しさは、時折もどかしくもなる。
モノみたいに、扱われたいというタイミングもあったりするからだ。そういう意味で、昨日は、凪の好きなようにされた感じがあって、それも、達也の好みに合っていた。
身体のほうはどう考えても、凪とは相性が良いのだ。
それを否定出来ないから、気楽に突き放すことが出来ない。
マッチングで新しい相手を選ぶのは良いが、やはり、好みに合う人とした方が、安全だし、面倒がない。
(まあ、面倒な事といったら、間違いなく、同じ職場だってことだよなあ)
それが大きいがそれさえなければ、最高の相手かも知れなかった。
「達也さんは、自分は凄く真面目に仕事を頑張るのに、人には強要しないんですよね」
凪が、ポツリと呟く。
「まあ、他人のことはどうでも良いな」
「結構、ドライ」
「そうでもないんじゃない? 面倒な事が嫌いなだけだよ」
「俺は、まだよく解らないんですけどね……仕事とか、そういうのは。ただ、達也さんと一緒だから頑張れてる部分っていうのは、かなりあると思います」
「まあ、まだ一年目だしな……」
しかし、達也のほうは、一年目といいつつ、かなり凪に頼っているところがある。
頭が良い奴は、きっと、仕事を覚えるのも早いのだろうとは思っているのだが、それだけではないだろう。
「……俺、結構、エサに吊られやすいタイプなんですよ」
凪が、小さく呟く。
「エサ?」
「……また、達也さんが、俺と会ってくれるなら、仕事なんかいくらでも頑張れます」
凪は、真剣な様子だったが、達也は、思わず溜息を吐いた。
「なんで、俺が仕事のために身体張らなきゃならねぇんだよ」
「なるほど」
「……お前も、そういう変な考えはしない方が良いからな。仕事は仕事プライベートはプライベートっ!」
「まあ、確かに……確かに、そうですね?」
「そうだよ……ったく、また、誘いたくなったら誘えば良いじゃないか」
凪が、きょとん、とした顔をしていた。
「なんだよ」
「……誘って良いって、言われるとは思わなかったので」
「適当に、都合が付いたら会うって……前、言わなかった?」
それは別に特別なことでも何でもない。意味合いはない。ただの性欲の処理、というのを忘れなければ良いだけだ。
「えっと、ハイ、たしかに……」
「いろいろ考えすぎなんだよ。ちょっと、最寄り駅まで寝るから、起こして」
「えっ? ……はいっ!」
そのまま、腕を組んで、目を閉じる。最寄り駅まで、それほど時間が掛かるわけではなかったが、すこし、思考を整理したかった。