道を、間違えさせてしまった―――しかし、凪は、それを達也のせいにはしないだろうし、間違っていないと言うだろう。だからこれは、達也の方が、気にしていることなのだ。
ホテルの部屋に入ると、広々としたリビングが広がっていた。
座り心地の良さそうなソファと、ライティングデスク、オットマン付きのリクライニングチェアまである。
「なにこれ、広……っ」
達也のマンションの部屋よりも、このリビングの方が広いのではないか? と思われる。窓も一面がガラス張りで開放的な雰囲気だった。恐ろしいことに、ベッドルームとシャワールームが別だと言うことだ。
「あっ、これ……シャンパン、ルームサービスみたいですね」
ソファの前のテーブルに、シャンパンクーラーがあって、よく冷えたシャンパンとグラスが用意されていた。
「……はあ……これ、こんなことされたら、女の子なら、一発で落ちるだろ……」
「達也さんが落ちてくれないなら、あんまり意味がないと思うんですけどね。それに、俺は、女の子は、どうでも良いわけですし」
凪が、ソファに座る。達也もその隣に座る。座り心地が良かった。雲の上に居るような軽い座り心地だった。
「すこし飲みます?」
「でも、これ飲みきったらさ……」
飲み過ぎた時にするセックスは、あまり好きではない。夢中になれない感じがする。
「じゃ、したあと飲みますか」
「まあ、そのほうが……」
達也が答えると、凪が笑いながら、達也の手を引いて、自分の膝の上に乗せた。久しぶりの、凪の体温を感じて、肌が熱くなる。
「達也さん、欲望には正直ですよね」
「悪いか」
「悪くないですよ、俺だって、達也さんのことを思う存分、味わいたいわけですから」
首の後ろに手を回されて、引き寄せられる。顔が近付いてきて、キスになる。すこし、開いたところから舌が忍び混んできて、舌先が触れあった瞬間、電流が流れたようにびくん、と背筋が震えた。
「っ……っ!」
すこし引け腰になって逃れようとしたら、ガッチリと腰を捕らえられていて逃げられない。好きなように、何度もキスをされて、離れた時には、息苦しくて、肩で息をしなければならなくなった。
「……お前……唐突なんだよ」
「良いじゃないですか。ずっと、我慢していたんだし」
「我慢……ねぇ」
「……でも、一年前、達也さんを見つけてから……こんなふうに、達也さんのこと、抱いてるとは思わなかったかな。プロフに、年上が好みって書いてたから。ダメ元で、マッチングしてみて良かった」
啄むようにキスをしながら、凪が独りごちるように呟く。
「……ちょっ……、待って」
「なんですか」
「ソファでするのか? あと……その、シャワー……」
この季節は、汗をかいているし、いろいろ、準備がある。
「俺はこのまま抱きたいです……ただ、ベッドの方がラクだとは思うけど」
そう呟いてから、凪は達也の耳元に囁く。
「ここで、してみたい気持ちもあるんです……」
「はあっ? ……ヤだよ、スーツも皺になるし……。お前、明日、このスーツ着て出るんだぞ、皺だらけになってたら、何してたか、一目瞭然じゃないか」
意外に、服は皺になりやすい。
スラックスならば、プレスマシンがあるかも知れない……が、ビジネスホテルならいざ知らず、こういうホテルで、プレス用の機械があるのかは、謎だ。
「じゃ、脱ぎますよ」
手際よく、凪は達也から着衣を奪っていく。
「お、おいっ……っ!」
あっという間にまる裸にされてしまうと、羞恥心のほうが先に立つ。凪は、達也をソファに押し倒して、逃げられないように体重を掛けてくる。
「向かいに建物がないホテルだから……このまま、カーテンを引かなくても、良いですよね」
「えっ?」
窓を見やる。たしかに、向かいに、建物はない。広々としたガラス窓は、カーテンが引かれていない。外の様子が、しっかりと見て取れる。遠くの方にある建物や、道路を走る車の姿も解る。それに……。
「明るいところで、して見たかったんですよね」
凪の言葉を聞いて、身体がカッと熱くなる。
「こ、のヘンタイっ……っ」
「全部、見たいんです。全部知りたい。俺は、欲張りだから……達也さんの、顔とか……身体とか、全部見たいんです。いつも、あかりはそんなに付けてないから、残念だったんですよ」
「俺は……そう言う趣味はないっ……っ」
抗議の声を上げた達也だったが、それは凪の唇に吸い取られる。
「……趣味じゃなくても、やってみたら楽しいかも知れませんよ」
勝手な事を言いながら、凪の手が達也の肌を探っていく。いつの間にか、頭の上で両手首を拘束されていて、抵抗も出来ない。
「……っ、凪……っ」
「達也さん、顔真っ赤。可愛い……仕事してるときとは、全然違うんですね」
可愛い、といいながら頬にキスをされる。そのまま、首筋にキスを落とされて、びくん、と身体が跳ね上がる。
「っ……っ!」
「身体は、好きみたいだから……、達也さんも、素直に楽しんで」
嬉しそうな凪の声に、歯がみしながら、達也は目を逸らした。