「でも、それで……俺は、大体住んでるところとか、なんか、解っちゃって……」
「はっ!?」
そういえば、自宅マンションの下にいるという電話が来たことがあったのを思いだして、ぞっとする。
「お前……、それ、ストーカーかよ」
「違うと思いますけど、そういう部分があるのは否定できないです」
やめてくれ、と思いつつ、不意に、ゴミが荒らされていたことを思い出して、凪を見やる。凪は―――多分、ゴミまで漁るようなことはしないだろう。そう言うことをするくらいならば、きっと、もっと、別なことをする。直接、達也をホテルに誘い込むだろう。今日のように。
「住んでるところ、わかるもんなの?」
「ええ。なんとなく、大体、住んでる地域はマッチングで解るし、そうすると、駅の最寄りに川。そのほとりに桜で絞り込んで……あとは、マンションの窓とか。コンビニの袋で、家の最寄りコンビニがどこだとか、そういうやり方をしていくと、結構範囲を絞れるんです」
ぽつぽつと語る凪の言葉をきいて、(もしかしたら、こいつがストーカーだったかも知れない)と、すこしだけ認識を改めた。それはともかく。
「なにがそんなに引っかかったの?」
「えー……多分怒りますよ」
「怒らないから……言ってみろ」
「絶対に怒らないです?」
「まあ、多分」
「……その、ですね……プロフに、上半身の写真載せてたじゃないですか、達也さん」
「あー……」
言葉は悪いが、完全にヤリ目なので、仕方がない。ある程度、体つきで好みの感じが分かれる。ガリガリに痩せてた方が良いというヤツも居れば、太っている方が好きだというヤツもいる。なので、面倒がないように、身体付きが解る写真を載せていた。やりとりの回数を減らすための工夫だ。
「それで、俺、バッチリ、好みの身体付きだったんですよ」
「はっ!?」
思わず大声を上げそうになって、慌てて、手で口許を押さえる。
ワイングラスを倒しそうになって、さらに、慌ててしまった。
「お……まえ……」
「怒らないでって言ったじゃないですか。で、俺も、そんなに、期待はしてなかったんですけど、会ったら、もう、期待以上だったし、なんか、SNSとかでずっと見てたから、本当にずーっと見てるような気がしてて……。人生で、こんなにバッチリ好みの人に会えるとは思わないじゃないですか。だから、もう、これは運命に違いないって思いましたし……実際、会ったら、もう、離れたくなくなって、どうしようもなかったですね」
(身体目当てかよ)
と思うと、すこし、ムッとする気持ちになった。そもそも、達也自身も、凪とは身体だけの付き合いで良かったはずなので、それはお互い様のような気もするが……。
「まあ、期待外れじゃなくて良かった……って感じなのかな」
とだけ返事しておくと、凪が、にやりと笑った。
「期待外れどころか……もう、俺は、達也さん無しには生きていけない、達也さん中毒になってますよ?」
「中毒……」
凪が、声を落として呟く。
「達也さんも、俺のこと、気に入ってくれてたら嬉しいのに」
「―――仕事の方は、申し分ない」
だから、一応『気に入っている』は間違いではない。そうではなくて、身体のことを言っているのだというのは、重々承知している。が、まわりに他の客もいるので、あまり、こういう会話をしたくはない。
「あとで、教えてくださいね」
凪が笑って、料理に手を伸ばす。
「……あと、前の恋人とかとも、いろんなお店に行きましたけど、このお店は、そういう人とは来ていませんよ。達也さん、そういうの、気にするでしょ? 勿論、下見には来ましたけど」
「下見……?」
「ええ。あそこのカウンター席」
凪が指さしたところに、配膳の為の一次スペースのような場所があった。
「え、あれ、席なの?」
「無理矢理席にして貰いました。……それで、雰囲気も好きだし、お酒も美味しいし、食事も美味しい。しかも……ピザとかパスタとか注文しなければ、そんなにお腹いっぱいになることはないというので、ここをチョイスしました。このあと、ちょっとね、激し目の運動するのに、満腹だと辛いでしょ?」
激し目の運動、と言われて、ドキッとした。そして、身体の奥の方に、火が灯ってしまったような感覚がある。期待、している。
久しぶりだし、勿論、凪との相性は悪くない。凪ならば、なんでも丸投げしてしまえる安心感がある。明日は、休日で、そのうえ、宿泊する予定がある。
(朝まで、ぶっ通しとかなら、持たないぞ……)とは思うが、そうしてほしいと思うくらいには、欲求不満な状態だった。そして、きっと、それは凪にはお見通しだと言うことだ。
それは、悔しい気持ちにもなるが、目の前の凪は、余裕の表情で笑むばかりだった。