「なんで、興水さんとお酒飲みに行ったんです。あの人、達也さんに気があるんだから、そういう人と一緒に飲みに行ったら、オッケーだって思われるじゃないですか」
凪が、低い声で言う。
「その時は、知らなかったんだよ」
「じゃあ、今は、興水さんが、達也さんのことを好きだって……ちゃんと知ってるんですね?」
そうきたか、と思いつつ、観念して「まあ」とだけ返事をしておく。
なにか言いたげに凪の口が動いたが、丁度店員が来たので、言葉は紡がれることはなかった。
注文した料理が届いたのだった。フレンチフライと牛肉のステーキ、田舎風のパテ、生ハムとチーズの盛り合わせ。大体、達也と凪は好みが似ていて助かる。ワインは赤を一本。
飲み過ぎると、セックスに支障が出そうだが、二人で一本くらいならば、だいたい適量だと思っているし、素面よりマシな気がしていた。
「あ、美味そう」
「うん、美味しいですよ」
「来たことあるの?」
「勿論です」
「ふうん……? それって、誰かと?」
達也としては、少々の意趣返しのつもりだったが、凪は、そうは取らなかったらしい。
「えっ? 嫉妬してくれるんですか?」
「なんでお前に嫉妬しなきゃならないんだよ」
「俺と、誰かが食事に来て……誰かに、焼きもちを焼くとか」
そんなの、凪のことを好きだというようなものではないか、と達也は溜息を吐く。
「なんで、お前の食事の相手に嫉妬するんだよ」
きっと、と達也は思う。達也は、凪が、誰かとセックスをしていると聞いても、多分、嫉妬しないだろう。むしろ、ならば相手はそいつに頼めと、言うだろう。
「え? 嫉妬してくれないんですか? 薄情だなあ、達也さんは」
「別に薄情じゃないだろう」
何を馬鹿なことを言ってるんだよ、と溜息を吐きつつ、ワインを飲んだ。昔は、ワインの味も良く解らなかったが、今は素直に美味しいと思う。社会に出て、こういう方面でも鍛えられてきたのだろうと思った達也だったが、(違う)と思い直した。
違う。
(神崎さんと一緒に行った店で覚えたんだ……)
神崎の語るワインのうんちくに耳を傾けながら、勧められるままにワインを飲むことがあった。概ね、都合の良いときに呼び出されて、都合良く身体を求められただけの関係ではあったが、ふと気まぐれに食事に誘われることもあった。
「達也さん」
「えっ?」
「……ワイン、どうかしました?」
「あー……いや、なんでもない。美味いワインだと思って」
「達也さんは、ワイン詳しいんですか?」
「俺は、どちらかというと、飲めればなんでも良いって言うタイプだよ」
「そうなんですか? なんか、大分、こだわりがあるような気もしたんですけど……」
凪が、首を捻る。
「こだわりはないよ」
多分、大方の事にこだわりがない。
食べるものも、美味しい方が良いが、必ずそれでなければならないと言うこともない。付き合う相手にしてもそうだ。
「それより、食べよう。せっかくの肉が冷える」
「あ、はい……」
焼き具合は、レアだった。ほんのりと血を滴らせる肉の断面は、なんとなく、生々しさがある。
「ところでさ」
肉を食べながら、達也は凪に問いかける。
「なんです?」
「……今日、なんかの記念日なの?」
凪を見やると、顔が、パッと赤くなったのが解った。
「……なんでですか」
「だって、いろいろ、理由付けて、良いホテルに泊まろうとしてるから」
「その……」
凪が、顔を赤くしたまま、言いづらそうに口を開く。
「なんだよ」
「……笑わないでくださいよ。最初の時、声を掛けたのって俺の方からじゃないですか」
「あー、そうだな」
仕事が忙しすぎて、とにかく、ガッツリ、セックスがしたかった。だから、体力がありそうな若い奴を探していたところだった。
「実は、声を掛けるかどうかずっと迷ってたんです。で、今日が、俺が、達也さんを見つけた最初の日だったんですよ」
「はぁっ?」
「二ヶ月くらい、ずっと、様子見してました。あと……リアルでSNS無いかなとか探してみたり。裏アカとか、持ってる人、結構いるみたいじゃないですか。だから」
なにが、だからなのか、全く解らないが……。
「なんで俺?」
思わず、とりあえず聞いていた。達也には、凪がこんなに執着する理由がよく解らない。
「……なんか、気になったんですよ。それまで、メッセージとかやりとりしたことはなかったですけど、アイコンとかプロフが気になって。SNSは探して、ちょっと見てました」
「ちょっ……会社の人間にSNS知られてるとか地獄過ぎるから辞めて貰って良い……?」
さすがに会社の愚痴は書いていないし、仕事の不満を垂れ流していたわけでもない。
「たまに、ぽつっとポストしてるじゃないですか。……近所の川に桜が咲き始めたとか、道路にネズミがちょろちょろしてたから、大雨になりそうとか、なんか、そういうやつ。なんか、良いなって思ってたんですよ」
「恥ずかしいからやめて……」
顔が、熱いのはワインのせいではないだろう。恥ずかしくて、頭を抱えたくなった。