生ゴミを荒らされるのは嫌がらせなのか、だとしたら誰からの嫌がらせなのか……思案している間に、凪から着信が入った。先ほどの電話から、きっかり三十分後だった。
『あ、済みません、達也さん』
「おー、今日大変だったんだって?」
『はい、トラブル続きで、ヘトヘトになりました……』
凪の声は疲れ切っている。
「おい、大丈夫かよ」
『トラブルで相談したい件は、明日、お願いします。それより、達也さんも、かなり、今日遅くまで残業だったんじゃないですか?』
「まあ……たまにだからな」
やることを書きだしていたら、あれもこれもと止まらなくなった。そこに、別なクライアントからの問い合わせがあり、確認作業があり……ということであっという間に遅くなった。
『うち、割と、ホワイトですからね』
「うん。そうじゃなかったら、辞めるだろ」
凪は―――辞めて別な会社に移動した方が、良いような気がする。とは、達也は言わなかった。それは、余計なお世話だろう。
『達也さんが辞めるなら、俺も付いていきますからね』
「えー、やめてくれよ、ストーカーみたいに……」
そう呟いた時、ふと、ゴミの事が脳裏を過った。嫌がらせ……或いは、ストーカー……。
そう考えて、頭を振る。
それは、自意識過剰だ。
目下の所、達也をストーキングしそうなのは、興水と凪の二人だが、この二人が、ゴミ漁りまでして居るとは思いたくない。
『どうしたんですか?』
「あー、いや、なんでもない。ストーカーは嫌だなあって思ったんだよ」
『わかりました。俺も、ストーカーにならないように気を付けます』
「絶対にならないでくれよ」
知り合いのストーカーなど恐怖以外のなにものでもない。合法的に個人情報は入手できる。家も割れている。こういう相手を敵にしたくはない。
『解りましたけど……あんまり構ってくれないと、ストーカーになるかも知れないですよ?』
「おいっ」
『……月末になったら、すこし、落ち着くじゃないですか。だから……良かったら、月末になったら、俺と、デートしてくださいよ。ご褒美に』
「ええ……?」
なんで仕事の褒美をこいつにやらなければならないのだと、すこしだけ理不尽な気持ちになる。仕事の対価は、あくまでも会社が支払うべきだろう。
『達也さんからご褒美貰えたら、絶対に、俺、頑張るんだけどなー。達也さんだって、自分のチームが成果を上げたら嬉しくないんですかぁ?』
「それは嬉しいが……それとこれとは話が別だろ。それに、お前、仕事のために無茶はするなよ?」
『えー? 無茶って?』
「……変な営業掛けたりとか」
『やだなあ、枕とかやりませんよ!』
ストレートな言葉を使われると、すこしたじろいでしまう。今は殆ど聞かないし、社内でそう言うことをして居る人がいるというのは聞いたことがないが、大企業だと、たまに、そういう話が出てくるらしいと言うのは聞いたことがある。殆ど、その被害に遭うのは女性のようだが、男性も、取引先の女性から言い寄られることは多いようだ。
「無茶していないなら良いけど」
『達也さんも、無茶とか無理とかしないで下さいね。達也さん、流されて、取引先の人に付いていきそうな雰囲気ありますから』
「なんだよ、それ。尻軽だって言いたい?」
否定はしないが、聞いて気持ちの良い単語ではない。尻軽。中々、インパクトのある語感だ。
『そうじゃないですよ……でも、誰彼構わず付いていく人じゃなくて良かったとは思っています。これは、俺の感想ですよ。……達也さんも、そろそろ、欲求不満、溜まってきませんか?』
「えっ……?」
『……欲求不満ですよ。達也さん、俺以外の人としました?』
「な、何言って……」
唐突に、凪の声色が変わって、達也は動揺してしまう。心臓が、早くなっていく。翻弄されているようで、決まりが悪い。
『俺以外の人としてないなら、しばらくしてないでしょ? 達也さん、それ、我慢できます?』
くす、と電話先で凪が笑ったようだった。
「な、なに言って……」
否定しようと思ったが、指摘されてしまうと、確かに、最近、していなかったから……、すこし、肌が寂しい感じはしている。後ろは、馴らしていないと、固くなってしまうから、自分で馴らしてはいたのだが、物足りなさというのは、確かに感じていた。
『欲しくないです? それとも、達也さん、オモチャみたいなのを使ったりしてるんですか?』
「っ!」
後ろをするのに、そういうものを自分で用意したことはない。相手が、そういうものが好きで用意したモノを使ったことがあるが、冷たい異物感は、あまり好きではない。やはり、熱く脈打つ、本物の欲望を身体の最奥で感じるのが好きだ。
『想像しました?』
凪が余裕の様子で聞いてくる。
「だ、誰が……っ」
『残念。俺は、想像してたし、達也さんで抜いてるのに』
「はっ!? 何言ってんだよ」
『まあ、良いですよ……月末、会いましょう。丁度金曜日ですし。俺は達也さんの家に行っても良いんですけど、俺の家でも良いし、ホテルでも良いですよ』
ここに、凪が来るのは、すこし、嫌だなと思った。それに、なんとなくだが、凪のプライベートに脚を踏み入れたくもない。
『達也さん』
促されて、達也は観念してから「ホテル」と小さく呟いた。