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第27話 距離感


 周囲にストーカーが多いという事実に打ちのめされそうになりつつ、出社すると、社長から呼び止められた。


「瀬守君」

「あっ、佐倉さん、おはようございます」


 社内では、役職名で呼び合わない。なので、社長であっても、佐倉さん、である。創業一家の息子で、二代目社長。年齢は五十代半ばということだったが、四十代には見える。若々しい感じだった。


「最近、興水くんと頑張っているって聞いたけど」

 この間の、出張の事だろう。


「はい、まだ成果は出ていませんが……少しでも、拡大して行ければ良いなと思いまして」

 はは、と笑うと、佐倉が眉を顰めるのが解った。


「それはいいんだけどね……なんか、最近、瀬守君、ため息を吐いてる姿をよく見かけるような気がして、何かあったら、相談に乗るよ?」

 なにか……と考えるが、あまり、相談できるようなことはない。


「すみません、なんか、プライベートがゴタゴタしていて……ちょっと、それでナーバスになって居るみたいですね」

 プライベート、と言えば踏み込んでこないだろうと思いつつ、達也は、愛想笑いを張り付かせた。


「うん。私も、プライベートにはとやかく言うことは出来ないんだけどね……」と前置きしながら、社長は続ける。「ただ、ちょっと、変な感じがしていたから……そうだな、なにか、会社でサポートできることならば、相談に乗るからね」


 会社でサポート……というならば、凪や興水から離れることだと思うが、二人は追いかけてきそうな気もする。であれば、引っ越したいと思っているとか。それも、すぐに特定されるだろう。


「はい、すみません」

「いや、なにかあったら本当に相談してね」

 去って行く社長の背中を見ながら、(顔に何かが出てるようなら改めないと)と達也は気を引き締める。


(だいたい、凪との関係だって、バレたらヤバいだろ……)

 興水や社外の遠田にバレているということは、他の人にもバレているという可能性が高い。だとしたら、凪とだらだらと関係は続けない方が良い。


(あー……もう、考えすぎて頭がおかしくなりそう……)

 ストレスが溜まる。そうすると、肌が寂しくなってくるというか、端的に言うと、ムラムラしてくる。こういうときに、凪から誘われたら、そのまま、転んでしまいそうだ。


(どうすれば良いかな……)

 と思った時、はた、と気が付いたことがあった。


(顔さえ合わせなければ、流されることはないかも知れない)

 顔を合わせないようにする。ならばどうすればいいか。


「リモートワーク……」

 リモートワークであれば、凪から誘われることはないだろうし、家まで押しかけて雇用とも、管理人に阻まれて上がってくることはできないだろう。


 思いついたら、すぐに行動だった。

 社長を追いかけていき、リモートワークで何とかしてもらえるように交渉した結果、達也の直属の上司にも掛け合ってもらえて、リモートワークになることができた。


 週に二回程は、出社してほしいということだったし、客先へは行ってほしいということも言われたが、とりあえず、仕事は何とかなりそうだ。


 運動不足になるのではないかとか、そういう不安はあったが、とにかく、今は凪から離れるのが先決だ。


(ついでに、凪が誰かと付き合ってくれたら良いのになあ……)

 と思った達也は、遠田に連絡を入れてみることにした。

 メールアドレスは預かっている。名刺に書いてあるからだ。



『どうも、佐倉企画の瀬守です。

 水野の件、こっちはつきまとわれてて困るんでしばらく在宅で家に籠もろうと思ってます。

 遠田さんが水野を誘い出してくれてたら助かります』


 こんな一方的なメールに返信はあるだろうかとは首を捻りつつ、リモートワークに切り替えるべく、荷物の準備をしていると、返信が来た。


『瀬守さん、ありがとうございます。

 あとになってから、水野のことを返せって言われても、返さないですからね』


 そんな日が来るとは、とても思えない。


『熨斗付けて差し上げます』


『じゃあ、水野のことを誘います。ありがとう』


 会社のメールアドレスでやるやりとりではないなとは思ったが、仕方がない。これ以上、プライベートな所には踏み込ませたくないから、個人的な連絡先を交わさなかった。だが、遠田も、なんとなくだが、調べる気になれば、達也の家くらいは、すぐに調べそうだとは思っていた。


 とりあえず、凪のことは、大体、これで遠田が引きつけてくれるだろう。ならば、そのあとは、なんとかなる。仕事は、なんとかなるだろう。あとは、しばらくあっていなければ、なんとなく疎遠にもなるだろう。


(会社の先輩後輩なら、そういう距離感の方が良いって)

 興水のことは気になったが、それも、干渉しなければ問題はなさそうだ。あとは、窓辺だけ気にしていれば良い。


(外へ行くのは、あいつが出社している時にしよう)

 そうすれば、部屋への出入りも探られることはないはずだ。そうやってあからさまに気を遣っていれば、さすがの興水も、避けていることは解るだろう。そうであってほしい。


 片付けをしている達也を見て、隣の席から声が掛かる。

「あれ、瀬守さん、帰るんですか? 早退?」


「違うよ。今から在宅でリモートワークに変えようと思って。週に二回くらいはこっちに出てくるけど、しばらくの間、リモートワークにして貰うことにしたんだ」


「へー、そうなんですか」

 後輩は、別に興味もなさそうに言う。

「うん、そういうわけで、そろそろ自宅に戻るから」

 達也は必要な荷物を持って、家へ帰ることにした。途中、興水とすれ違ったが「お疲れさん」とだけ挨拶して、通り過ぎる。


 興水は、不審そうな顔をしているのが解ったが、特に、何も聞いてこなかったし達也も何も説明しなかった。



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