いきなり泣き出した遠田を見ているだけで、胃のあたりがキシキシ痛んでくるのを、達也は感じていた。
(なんで最近、こんな面倒ごとにばかり巻き込まれているんだ?)
原因は凪だろう。
遠田というこの男も、凪が絡んで来なければ、達也につきまとうことはなかったはずだ。
道行く人がチラチラと達也を見ている。どういう関係に見えているか解らないが、明らかに年下の遠田が泣いているので、『後輩に厳しく当たって泣かせている先輩』という構図に見栄はしないだろうか。だとしたら、酷い風評被害だ。
「……水野は、運命とかいうやつの為だけに、全部投げ捨ててあなたの所に走ったんです。だから、あなたのほうから、フッてください。僕の所に来なくても、あんなに優秀な人が、あなたの会社みたいなところで働いているのは、社会の損失だと思うんです」
また、凄い単語が出てきたもんだとはおもいつつ、凪のような優秀な人が、たしかに小さな中小企業に勤務しているのはもったいないような気がする。
「だがさ、外野があれこれ言ったって、決めるのは、あいつだろ? あとで後悔したってなんだって、あいつが決めるしかないだろうが」
「だから頼んでるんですっ! あなたが、水野を拒絶したら、さすがに同じ会社には居ないでしょう?」
ぐすぐすと泣きながら、遠田は言う。正直な所、このやりとりも面倒で辟易していた所だったが、達也は「知らないよ」と吐き捨てた。
「俺は、あいつと付き合ってるつもりはないし、あいつが勝手につきまとってるだけ。正直、なんで俺なんかにつきまとってるのかどうか解らない。それに、あんたみたいなのに絡まれるのも、鬱陶しい」
遠田は呆然と達也の顔を見ている。
「えっ、なんか、酷い……っ」
「いきなり押しかけてきて酷いもなにもないだろうよ。押し売りされたところで、俺だって迷惑なんだよ」
「それ、水野に伝えても良いですか? 水野の前でも、それ、言えますか?」
遠田の顔がこわばっているが、本気のようだった。
「構わないよ。あいつだって、俺と付き合ってるつもりなんか無いだろうし」
遠田が息を飲む。
べらべらと喋るつもりはなかったが、なんとなく、腹立たしい気分にはなっていたので、さらに続ける。
「……それに、そんなことを言う権利とかは、あんたにも無いだろ。なんで、あいつの元カレだかなんだか知らないけど、俺があんたにいろいろ言われなきゃならないんだよ」
「それは……」
口ごもって、遠田は俯く。
「……俺は、そういう面倒なのは一切お断りだし、あいつが運命だとか言って、俺につきまとってくるのだって、重くて仕方がない。そういうのは、俺に押しつけないでほしい」
達也はたち上がる。
「ちょっと……っ」
「なにか、まだ言いたいことあるの?」
「そうじゃないけど……でも、」
と一度言を切ってから、遠田は続けた。「でも、水野とは、してるんでしょ? なのに、なんで」
「そんなことまで調べてんのかよ」
と溜息を吐きながら、達也は、遠田を見やる。なにを言って欲しいのか解らないが、縋り付くような眼差しだとは思った。
「そ、それは……その……ずっと、周りを観察してて……」
俺の周りにはストーカーしか居ないのかと溜息が漏れる。
「観察ってなんだよ。……大体、人のそう言うことを探って楽しいのか? だったら、解るだろ。遊びだよ。そう言うことだってあるだろ。お互い、子供じゃないんだから。それに、他人が口出しするなよ、めんどくさい」
それだけ履き捨てるように言って、達也は、遠田を置いて、会社へ戻った。ドリンクを、ベンチに置き忘れてしまったのに気付いて、仕方がなく、コンビニで濃いアイスコーヒーを買ってデスクへ戻る。
毎日毎日、なぜか面倒な事ばかり起きて困る。
(まったく、なんなんだよ……)
こうも面倒な事ばかり続くのならば、いっそ厄除けにでも行った方が良いだろうか、とまで考えてしまい、溜息が漏れる。
「……ったく、めんどくせぇなあ」
何もかも面倒で、すべて投げ出してしまいたい。そう思いながら、達也はPCに向かった。今日中に返してしまいたいメールがたんまりとある。集中しなければ。
帰宅して、なんとなく、カーテンの向こうが気になった。
(興水……見てるかも知れないんだよな……)
部屋の電気の点灯や消灯も、すこしは気遣った方が良いだろうか。防犯の為には、色々なグッズがあるというから、調べてみても良いかもしれない。
(でもまあ、あいつ、おなじ会社なんだから、俺が帰宅したかどうかなんて、すぐ解るか)
問題は、こちらを覗いてなにをして居るかと言うことだ。
達也は今までの人生で、誰かの部屋を覗いてみようと思ったことはなかったので、理解が及ばない。
試しに『部屋 のぞき 目的』で検索して見たところ、盗撮やら、侵入、猥褻目的……など不穏な単語がずらりと並んでいて、ゾッとする。
(盗撮……は無いだろう……)
達也の主観としては、自分の写真を盗撮して何になるのだろうという疑問だった。単純にスリルを求めて盗撮行動その者が目的になっているという事も書いて逢ったので、仮に、盗撮だとしたら、この方向にしておこうと、と達也は自分の精神衛生の安寧の為にそう思う。
男の一人暮らしというのは気楽なもので、カーテンを開けたまま、着替えをすることはあったし、洗濯物を窓際に干したりもして居た。
(部屋に男を連れ込んだとき、カーテンを開けたまま、したことはあったかな……)
とは、すこし気になった。
多少、そう言うこともあったかも知れないが、男をここに連れ込んだのは、数えるほどだ。
(居たなあ……すこし、Sっけのあったヤツ……)
部屋でしたがったし、その当時はホテルを取るのも面倒で、家で会うことも、多少はあった。大体、一回ヤッて終わりという関係が多いのだが、妙に癖になって、相手が飽きるまで、何回か連れ込んだ記憶をおね居だして、ぞっとする。
(……興水のやつ、見てないよな……?)
いつから興水が、達也の部屋を覗いていたかにも依るが、考えたくはない。ので、考えないことにした。
あとは、侵入と、盗聴とかが単純に怖い。であれば、業者に調べて貰うか、引っ越しするか、だ。
(引越か……)
たしかに神崎から逃げてからずっと住んでいるようなマンションだ。手狭だし、ふるぼけてもいる。すこし、綺麗な所に引っ越ししても良いかもしれない。
ストーカーにつきまとわれている……は、十分な引越理由になるだろう。
問題は、ずっと、その相手が、見ているのだろうから、悟られずに引っ越すにはどうしたら良いかということだった。