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第23話 凪の駆け引き


 朝一番、達也に挨拶しに行こうと思っていたら、達也が興水と一緒に出勤してきたとのをみて、凪は、気が気ではなかった。


(なんで、昨日食事に行って、それから、一緒に過ごしていたとか……?)

 たしかに、昨日、達也の部屋には電気が付いていた。


 ―――けれど、防犯の為に時間が来ると電気を付ける家もある。

 達也の防犯意識が高い場合は、そういうこともあるだろう。


(二人きりで食事をして、二人で、一緒に過ごして、仲良く出勤して……)

 と思ったら、居ても立っても居られなくなった。


 書類は別に今日でなくても良かった。


『急がないから、見積書と契約書のサンプルを送って貰えるかな』


 人好きしそうな小太りの社長は、そう言ってニコニコしていたはずだった。その書類を瞬く間に終わらせて、達也に提出に行く。


「瀬守さん、これ、書類チェックよろしくお願いします」


 いつも通りの笑顔で、隣に行く。けれど、腹の底が、じゃりじゃりした不快感があった。昨日の痕跡を、達也から探す。なにも見当たらないことにホッとしたが、達也から、興水の薫りでも感じたら、なにをするか、自分でもよく解らなかった。


「ああ……いつまで?」

 達也がぼんやりと問う。


「先方、結構せっかちな人なので、なるはやだと助かります」

 別にそんなことは言われていないが、なるはやで、達也ともう一度会話する機会が欲しかった。


「わかった」

 なるはや、なるはや、と呟きながら達也はインプットボックスに書類を入れていく。変わった点はなかった。


「あ、そういえば、昨日、興水さんと一緒じゃなかったですか?」

 思わず、聞いていた。なにを言われるか解らなくて、手のひらが汗ばむ。


「ああ、この間の出張の慰労会だとさ」

 達也は、別に気にした風もなく、さらりと言った。別に、何もなかったのかも知れないとは思って拍子抜けしたが、それならば、すこし、場を和ませる必要があるとは思った。


「えーっ?」

「なんだよ」

 眉を顰めた達也は、うるさそうに凪を見やっている。


「だって、その出張って、俺が興水さんの代理で行ったヤツですよね? だったら、俺も呼んでくれたって良いじゃないですか~」

 なかなか、上手い言い訳のような気がした。また、今度、興水と達也が一緒に食事に行くのは、絶対に嫌だった。二人だけでは行かないで欲しい。


「あー、たしかに。……興水が予約してくれたから、俺も詳細は分からなかったんだよ。でも、確かに、お前も一緒にいく権利があるよな。うんうん、もし、今度興水から誘われたら、お前も誘うよ」


 達也は、凪の切なる気持ちなど気付かないようで、うんうんと頷きながら言う。


「あっ、本当ですか? 期待しますよ!」

 食い気味に反応すると、達也が苦笑した。


「うん、興水は俺らが知らないような店を知ってるだろうから」

「わー楽しみ!」

「人数は多い方が良いしな。慰労会なら、なおさらだな」

「じゃあ、今度、絶対に一緒に行ってくださいよ」


 やったー、と大仰に喜ぶと、周りから、くすくすと笑い声が聞こえた。その微笑ましい雰囲気の中、凍てつくような視線を感じて、とっさにそちらを見やると、興水がこちらを見ていることに気が付いた。


(興水さんとは、一回、サシで話さないと)

 なにか、きっかけはないだろうかと思っていたが、結局、仕事上の接点がそれほど多くないので、良いきっかけが掴めなかった。


(まあいいや、当たって砕けろだ)

 凪は、笑顔を装備してから、興水の席へ向かう。ここから先、興水の予定はチェック済みだ。今日は、定時まで用事は無い。


「あ、興水さん。今、ちょっとよろしいですか?」

 興水の席まで行くと、彼は、顔を上げた。


「ああ、大丈夫だよ」

「あ、この間の出張の結果って、どうなったのか気になっていて……。どんな感じでしょうか」


「それなら……そうだな、ちょっと、まだ、就業時間だと話しにくいから、定時後時間あるかな?」

 にこり、と興水が笑う。けれど、目が笑ってない。


「わっ、興水さんとご一緒できるの、嬉しいです。どこか、お店予約しますか?」

「あー………そうだな、いや、俺が予約するよ。水野は、何か苦手なモノとかは?」


 スマートフォンを取りだした。会社のものではない、私物のスマートフォンだった。


「いえ、俺、なんでも食べられます。椅子とテーブル以外」

「悪食だな」


「ええ。……でも、安心してください! 俺、食い尽くし系男子とかじゃないので」

 ぴくり、と興水の眉が動いた。


「食い尽くし系男子」

「そうそう。最近、多いらしいじゃないですか。人のお皿の上に乗ってるモノまで食べ尽くしちゃう男子っ!」


 にこっと笑う。牽制されているのは気が付いているらしく、興水は「そういう、浅ましい人間にはなりたくないものだけど……意外に、食い尽くし系男子って、自分が食い尽くし系男子って解らないらしいよね」と受けた。


(これ、もしかして、自分の方が前から目を付けてたっていう意味?)

 どちらにせよ、興水は受けて立ったという意味だ。


「そうなんですね。……それはそうと、興水さんって、いろいろお店を知ってるって聞いたから、ちょっと楽しみにしてますね!」

 と受けて、それでは失礼しますと告げて退散することにした。


 興水は、スマートフォンを操作して、店の予約を始めている。


 どういう店に連れて行かれるか解らないが、興水の『ホーム』に近い場所だとしたら、すこし用心しなければとは、凪も解った。


(あの人……絶対、達也さんの事狙ってる)

 これは確信だった。


 だから、おそらく、あの出張の日、同じ部屋、同じベッドの上でナニがあったか、気にしているはずだった。


(素直に教えてあげる? それとも、教えない……?)

 どちらのほうが、興水は嫌がるだろう。ここから先は、駆け引きだ。達也は知らない間に、達也を巡ってされる駆け引きだ。


(絶対に、興水さんには負けない)

 そう、誓いながら、凪は拳を強く握った。



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