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第20話 面倒ごと

 ひとつの面倒ごとが現れると、芋づる式に面倒ごとが湧いて出る。


 凪だけでも面倒だと思っていたというのに、興水まで、その面倒ごとに参戦してくるとは思わなかった。

 あれから、家に戻って部屋で寝転がっていると、興水からのメッセージが入ってきた。


『もう自宅なんだね。どこかに寄ると思ったのに』


 ぞっとした。自宅までまっすぐ帰ったことを、興水は知っているようだった。

 おもわず、カーテンがちゃんと閉まっていることを確認する。


『カーテン、どうかした?』


 とメッセージが入ってきたときには、気分が悪くなった。部屋を見られているとしか思えない行動だからだ。


「あいつ……向かいのマンションに住んでんのか……?」


 そういえば、興水の家など、今まで気にしたこともない。だが、わざわざ、達也の部屋を観察できるところに住んでいたとしたら……と思ったら、寒気がした。


(少なくとも、家は知られてるんだよな……?)

 窓から、部屋の様子を覗かれていたかも知れないし、ゴミや洗濯物、デリバリーや郵便物なども探られている可能性がある。


(怖……っ!!)

 後輩に迫られ、同期入社の上司にストーカーされるというのは、あまりにも怖いだろう。


(なんだ、これ……俺、お祓いでも行ってきた方が良いのか……っ?)

 本気でそんなことを考えるほどには、状況は異常だ。


「おかしいだろ」

 第一、こんなに身近に、お仲間がいるとは思わなかった。社会人になったら、多いのだろうか、それとも、業界的に多いと言うことだろうか、よく解らない。


 頭を抱えていると、マッチングアプリから通知があった。


『今度会えませんか? 食事なし、ホテル直行で』


 というどうしようもないメッセージだったが、名前を見て、卒倒しそうになった。『興』という名前のユーザーだった。


(マジかよ、端的にヤりたいっていうことかよ……)

 あの出張の時、達也は、興水を警戒していなかった。その流れで行けば、あの夜、興水に食われていたと言うことだろう。


(まあ、結果としては、凪とはしたんだけど……)

 だが、最初から、そういう目的で、同室、同じベッドという指定にしてだまし討ちをしようとしたなら、話は別だ。少なくとも、押し切られたとは雖も、凪とは、合意だった。


(ったく……なんで、こんなことになるんだよ……)

 頭を抱えていたとき、さらにメッセージが届く。


「うるせぇんだよ、興水……っ!」

 悪態を吐きながらスマートフォンを見ると、興水ではなかった。凪だ。


『駅の所で、興水さんと待ち合わせしてるのが見えました。二人で、タクシーに乗って、ナニしてるんですか?』


 見ていたのか。しまった、これは面倒な事になった……とは思ったが、仕方がない。凪の妙な誤解だけは解いておいた方が良い。


『食事会……だけど、途中で帰ってきた』


『なんでですか?』


 なんで、と聞かれて答えに詰まった。なんというか、答えづらい。手を出されそうになったという事実だけを伝えてもおかしいし、第一、恋人でもないんだから、そんなことを馬鹿正直に申告しなくてもいいはずだ。


『アクシデント』


『なんか、怪しいです。あの人に、何かされましたか?』


 鋭いなと思いながら、達也は苦笑する。凪は必死だった。だが、達也も、馬鹿正直に答えるつもりはない。


『何かって?』


『いやらしいことですよ。あの人、達也さんの事を、常々そういう目で見ていると思います』


 そうなのかぁ、とは思ったが、詳しく聞きたくはない。そして、それが凪の妄想でないと言うことだけは、理解出来た。だから、余計に困る。


『なんでそういうことになるんだよ』


『あの人が、達也さんのことを、ずっと、嫌らしい顔で見ているからですっ!』


 力説する凪に、溜息がこぼれた。


『社内なんかで、こういう関係を、ごちゃごちゃ言わないでくれ。俺は、疲れた』


『あっ、ごめんなさい。達也さん……あの、』


 と、メッセージが途中で途切れた。すこしの間、待ってみると、続きのメッセージが来ない。どうしたのだろうかと思っていると、やや、躊躇いがちなメッセージが入ってくる。


『今、達也さんの家の入り口所に居ます。部屋に入れてくれませんか?』


 思わず、下を見ようとして、思いとどまった。

 向かいの部屋からは、興水が見ているはずだった。凪を、部屋に上げるわけには行かない。断固として、それは無理だ。


『絶対に開けないから、帰れ』


 冷たくそう言い切って、スマートフォンの電源を切る。


 きっと、下には、まだ凪が居るのだろうが、無理だ。ここに上げたら、絶対に、興水が見ている。カーテンを掛けているから中まで探られることはないだろうが……わからない、もしかしたら、何か仕掛けられているかも知れない。


 興水は、すでに、自分が、この部屋を見ていることを隠そうとしなくなったのだ。だから、なにをして居るか解らない。


(本当に、盗聴器とか仕掛けられてたりしないよな……)

 一応、検索を掛けて、盗聴器の見つけ方を調べる。盗聴器を発見してくれるアプリというのもあるらしい、マユツバかも知れないが、今晩の精神の安定には役立つかも知れない。


 仕掛けられている場所としては、コンセントやぬいぐるみ、家電、棚などさまざまらしい。見て分かるものでもないが、とりあえず一通り家の中を確認してみる。なにか、興水の痕跡があったら怖いが、仕方がない。


 一通り、探してみて、なにもないようだったので、とりあえずはホッとした。


(ったく、なんで、凪も興水も、俺につきまとってくるんだよ)

 とは思って、達也は、がっくりと肩を落とす。


 今日、とにかく、どっと疲れた。はやく眠った方が良い。ストーカー対策は、あとで考えればいい。


 まずは、シャワーを浴びて手っ取り早く寝てしまおう……。

 なんとなく、寝不足になりそうだとは思ったが、まずは、一度、休みたかった。 



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