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第18話 同期会

 興水からは次の水曜に会おうと言うことで、店は『当日のお楽しみ』と言われてしまった。少々、不安はあるものの、あまり変な店ではないだろうとは思っていた。


(同期と飲みに行くなんて、入社の時以来かも知れないな……)

 そう思うと、感慨深い。同期入社は三名だった。


 入社したとき、

『せっかくの同期なんだから、皆で仲良くやろう! 月一とか、必ず飲み会やろうよ!』

 と言っていたものだが、実際の所、開催出来たのは三回だ。


 みんな忙しかったというのはあるが、なかなか集まりづらい。そして、今では、興水と達也だけが会社に残っているような状態だった。


 元同期が今、どうしているかなど、全く、解らない。連絡先も交換しなかった。

 それはともかく、久しぶりの同期飲み会を、少なくとも、達也は、少々楽しみにしていた。


 当日は、駅前で待ち合わせということになった。最寄り駅は、小さな駅で、待ち合わせをしても、出会うことが出来ないということはないだろう。


(まあ、凪に見つかったら、すこし面倒かも知れないけどな……)

 凪は、おそらく、その日は取引先からの直帰のはずだった 。予定通りにいってくれることを祈りつつ、なんとなく、面白くない気分にもなった。


(なんだこれ、なんか、浮気みたいだな)

 凪とは、なんとなく、だらだらと関係が続いているだけで、特別な関係ではない。だが、凪の目を気にしているというのが、なんとなく、面白くない。


(別に気にする必要はないだろう……)

 気にしないようにする……と思えば思うほど、何故か気になる。そういうモノなのかも知れないが、興水が来たら、凪の事は頭の中から追い出してしまおうと思った。


(そういえば、あの出張の慰労会なら、凪が一緒じゃなくて良かったのかな……)

 間違いなく、凪が同行したから、あの出張はうまく行った。


 同期会のようなつもりなっていたから、凪が一緒でないことも、なんとなく良いような気がするが……今更、すこし気になる。そして。同室にしたこと。ダブルだったこと。今更、ささやかな事が気になる。


(どうするかな……)

 今更キャンセルするのは、興水に悪い。だが、なんとなく、もやもやもした気分でもある。


 待ち合わせの時間通り、駅前にたどり着くと、興水の姿があった。外回りからの直行だったのか、文庫本を広げている。眼鏡姿だった。


「待たせた?」

「電車の時間が微妙だったから。でも、そんなに待ったわけじゃないよ」

 興水が、笑いながら、文庫本を閉じる。カバーが掛かっていたので、タイトルは解らなかった。


「何読んでたの?」

「ん? 今月の新刊。追いかけてる作家が新刊出したから。小説、ミステリだよ」

「あ、そうなんだ」


 普通にミステリ小説を読んでいるとは思わなかった。なんとなくだが、ビジネス書ばかり読んでいるのではないかという勝手な偏見があったのだった。若くして出世するには、そういう努力が必要だと思い込んでいたのもある。だから、達也も、本を読むならば、ビジネス書ばしり読んでいる。似たり寄ったりの内容の、効率化や時間管理などの本が多いが、身になっているのかは解らない。


「瀬守は、本読む?」

「あー……俺は、ビジネス書は、すこし読むけど」


「ああ、瀬守らしいな。……効率化とか、そういう系統の本を読んでそうだ」

 興水が笑う。図星だったので、返す言葉もなかった。


「まあ、どんな本でも良いんじゃないかな。方法を沢山知っているのは良い事だと思うし、そうでなくても、小説だって、いいもんだよ」


「小説って何が良いの?」

 達也の質問に、興水は、小さく笑った。

「自分とは違う考え方に触れられる」


「そういうもんなんだ」

「まあ、俺はそう思っているだけだよ……じゃ、店に行こうか」

 興水が視線を遣った。視線の先には、タクシーが泊まっている。


「えっ、タク?」

「遠いんだよ。隠れ家みたいな所だから。住宅街の真ん中みたいなところ」


「そ、うなんだ」

「……一見お断りの、中々偏屈な店でね。俺は、結構好きだよ。……それに、周りの視線を気にしなくて済むのも良いだろ?」


「なるほど、確かに、皆が来てるような所で、偶然鉢合わせしたら、面倒だよな」

 凪に見られていたらというのも、考えなくて済む。

「そうそう、お互い気まずいだろうからね」


 はは、と興水は笑いながら、タクシーに乗り込む。運転手が告げた住所をナビに入力して、「このあたりですかね」と確認した。


「ああ、そのあたりです。多分、解りづらいから、その手前の小さな公園で降ろして頂ければ」と興水が慣れた様子で運転手に言うのを、達也は、ぼんやりと聞いていた。


「今の時間なら、大体、十五分くらいですね」

 運転手の言葉を聞きながら、その、短いのか長いのか、良くわからない時間があるのに、達也は気が付く。


「……隠れ家レストラン……って、商談には使わないだろうし」

「まあね」


「恋人?」

 興水がの表情が、一瞬、こわばるのが解った。


「……気になる?」

 口許が、つり上がる。酷薄な笑みが浮かんでいる。なんとなく、深追いしない方が良いような気がして「いや、話の流れ」とだけ、答えると、興水が笑った。


「難だよ、それ、話の流れって」

「そういうこともあるだろ? ……なんか、こう、聞いておいた方が良いのかなとか、さ。あんまり興味がない客だって、なんか、雑談とかするときは、何かのとっかかりが必要なモノだし……」


「確かに、そうだね」

 興水は、笑っている。なんとなく、この受け答えで良かったのだなとは思った。

「……まあ、デートだよ」


 興水が、ポツリと呟く。


「そっかー。お前モテるだろうしなあ」

「……本命と来たい店なのに、本命を誘えたことはなかったよ」


「じゃあ、遊びかよ」


 遊びだとしても、この同期は、それなりに遊んでいるのだろうなあと、達也は思う。外見が良く、会社の中では出世頭。優しくて、申し分ない。センスも良い。


 遊び、という問いに対して、興水は何も答えなかった。



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