結局、押し切られる形になって、達也は困惑しつつも、だらだらと関係を続けていた。
凪の押しが強いのが悪いのか、それとも、達也の意思が弱いのか……どちらもだろう。
(たしかに、都合が良いと言えば、都合が良いんだよなあ……)
適当に会って、ヤって、終わる。
仕事ではベタベタすることは、殆どない。
凪のことをぼんやり考えながら、デスクで書類を作成していると、
「あっ、瀬守」
と声を掛けられた。興水だった。
「ああ、興水か」
「……この間はすまなかった。体調不良と、いろいろアクシデントが重なって……水野にも謝りたかったんだけど、俺が行くより、うまく行ったみたいで、良かったよ。助かった」
興水が、柔らかく笑う。周りの女性社員が、溜息を漏らしたのがわかった。
「水野は?」
「ああ、水野なら、外回り。……この間の出張のおかげで、なんか、外回りの手応えを掴んだらしい」
仕事に精励してくれるのであれば、達也としても何の問題もない。外回りに邁進してくれれば、仕事中顔を合わせずにすむ。それも良かった。
「へー、そうなんだ。じゃあ、良かったんだな」
興水がうんうんと頷く。その時、ふと、達也の脳裏に、凪の言葉がよぎっていった。
『あの人……興水課長、最初っから、同室にするつもりだったんですよ、達也さんと』
今まで、興水から、そういう雰囲気は感じた事が無い。なので、凪の妄想だろうとは思っているが……。
「そういやさ、お前、この間の出張、部屋の予約間違えただろ」
達也が笑いながら問いかけると、興水が一瞬真顔になった。
(えっ)
どういう表情だ、焦る。なにか、取り繕った方が良いような気がしたが、どう取り繕って良いか解らない。
「いや、ちょっと焦ったんだわ。だってさ、ムサ苦しいことに、男二人で同室で、その上、同じベッドとかさ~、お前、意外と抜けてるんだなーと思って。いつも、宿泊先の手配とか、自分でしてないタイプだろ」
乾いた笑いでごまかすが、正しいだろうか。よく解らない。ただ、興水は、静かな眼差しで、達也を見ている。なんとなく、いたたまれない気分になってきた。誰か、助けて欲しいと思うが、周りの人たちも、何故か、様子見をしている。
「あれ、節約のために同室にはしたけど……ダブルだった? それは申し訳なかったな。疲れてたのに、休まらなかっただろ」
困ったような顔をして、興水が言うので、すこし、ホッとした。これで、わざとだったなどと言われて、余計に面倒な事になったら困るのだ。
(そうそう、面倒なことはゴメンだ……)
「しかしさ、ちょっと慰労と、もろもろ含めて、すこし話したいから、あとで、飲みにでも行かないか?」
「飲み屋で仕事の話かよ」
コンプラ的にどうなんだ? と思っていると、興水が微苦笑した。
「個室の所、予約しておくよ」
「お前、また、変なところ予約するなよ」
「ははは、そうだな。じゃあご期待に応えて、面白そうな所、考えておくよ」
「いいよそんなの」
興水は、手をひらひら振りながら去って行く。
その後ろ姿を見ながら、(あいつの言う面白そうな所ってどんなところだ……?)と全く、検討がつかない。
「面白いところってどこかな」
ぽつりと呟くと、通りすがりの後輩が「えっ、ニンジャレストランとか?」と、笑いながら言ってくる。
「ニンジャレストラン……なにそれ、そんなのあるの?」
「ええ、インバウンド客目当てのお店だと思いますけど、どこかにあったと思いますよ」
後輩はスマートフォンを操作して、ニンジャレストランを見せてくれる。店員が、ニンジャのコスプレをして接客をしている、個室の居酒屋のようだった。
「面白い……か?」
「すくなくとも、普通の居酒屋よりは面白いんじゃないですかね」
「あとは~、お坊さんのいるバーとか、鉄道系のバーとか、いろいろありますよ!」
「お坊さんって、お酒飲んでいいの?」
「作るだけなら良いんじゃないですか?」
訳が分からなくなって、首を捻る。どうして良いのか、全く解らない。
「興水って、そんなに愉快なヤツだった?」
「愉快かどうかはわかりません。あんまり、飲み会とかのイメージがない、合理的な人だと思っていたので……。やっぱり、瀬守さんは同期だから、特別なんでしょうね」
後輩の言葉に、すこしだけ引っかかる。
確かに、興水とは同期だ。その分の親しさはあるだろう。だが、興水は、後輩が言う通り、合理的な人だった。飲み会などは、よほどの取引先でなければ『コスパが悪い』と切り捨てるタイプの人間だろう。だからこそ、今回の出張は、興水ではなく、凪のほうが適任だったと思っているので……。
(まあ、とりあえず、ニンジャレストランとか、なんかとんちんかんな場所を選んでも、気にしないで楽しんでやるか)
仕方がない、同期だしな、などと少々上から目線の事を考えながら、達也は、仕事へ戻る。そして、この一連の流れを、凪に見られていなくて良かった、とそれだけは思っていた。