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第17話 興水の『予約』


 結局、押し切られる形になって、達也は困惑しつつも、だらだらと関係を続けていた。


 凪の押しが強いのが悪いのか、それとも、達也の意思が弱いのか……どちらもだろう。


(たしかに、都合が良いと言えば、都合が良いんだよなあ……)

 適当に会って、ヤって、終わる。


 仕事ではベタベタすることは、殆どない。

 凪のことをぼんやり考えながら、デスクで書類を作成していると、

「あっ、瀬守」

 と声を掛けられた。興水だった。


「ああ、興水か」

「……この間はすまなかった。体調不良と、いろいろアクシデントが重なって……水野にも謝りたかったんだけど、俺が行くより、うまく行ったみたいで、良かったよ。助かった」


 興水が、柔らかく笑う。周りの女性社員が、溜息を漏らしたのがわかった。

「水野は?」

「ああ、水野なら、外回り。……この間の出張のおかげで、なんか、外回りの手応えを掴んだらしい」


 仕事に精励してくれるのであれば、達也としても何の問題もない。外回りに邁進してくれれば、仕事中顔を合わせずにすむ。それも良かった。


「へー、そうなんだ。じゃあ、良かったんだな」

 興水がうんうんと頷く。その時、ふと、達也の脳裏に、凪の言葉がよぎっていった。




『あの人……興水課長、最初っから、同室にするつもりだったんですよ、達也さんと』




 今まで、興水から、そういう雰囲気は感じた事が無い。なので、凪の妄想だろうとは思っているが……。


「そういやさ、お前、この間の出張、部屋の予約間違えただろ」

 達也が笑いながら問いかけると、興水が一瞬真顔になった。


(えっ)

 どういう表情だ、焦る。なにか、取り繕った方が良いような気がしたが、どう取り繕って良いか解らない。


「いや、ちょっと焦ったんだわ。だってさ、ムサ苦しいことに、男二人で同室で、その上、同じベッドとかさ~、お前、意外と抜けてるんだなーと思って。いつも、宿泊先の手配とか、自分でしてないタイプだろ」


 乾いた笑いでごまかすが、正しいだろうか。よく解らない。ただ、興水は、静かな眼差しで、達也を見ている。なんとなく、いたたまれない気分になってきた。誰か、助けて欲しいと思うが、周りの人たちも、何故か、様子見をしている。


「あれ、節約のために同室にはしたけど……ダブルだった? それは申し訳なかったな。疲れてたのに、休まらなかっただろ」


 困ったような顔をして、興水が言うので、すこし、ホッとした。これで、わざとだったなどと言われて、余計に面倒な事になったら困るのだ。


(そうそう、面倒なことはゴメンだ……)

「しかしさ、ちょっと慰労と、もろもろ含めて、すこし話したいから、あとで、飲みにでも行かないか?」


「飲み屋で仕事の話かよ」

 コンプラ的にどうなんだ? と思っていると、興水が微苦笑した。


「個室の所、予約しておくよ」

「お前、また、変なところ予約するなよ」


「ははは、そうだな。じゃあご期待に応えて、面白そうな所、考えておくよ」

「いいよそんなの」

 興水は、手をひらひら振りながら去って行く。


 その後ろ姿を見ながら、(あいつの言う面白そうな所ってどんなところだ……?)と全く、検討がつかない。


「面白いところってどこかな」

 ぽつりと呟くと、通りすがりの後輩が「えっ、ニンジャレストランとか?」と、笑いながら言ってくる。


「ニンジャレストラン……なにそれ、そんなのあるの?」

「ええ、インバウンド客目当てのお店だと思いますけど、どこかにあったと思いますよ」


 後輩はスマートフォンを操作して、ニンジャレストランを見せてくれる。店員が、ニンジャのコスプレをして接客をしている、個室の居酒屋のようだった。


「面白い……か?」

「すくなくとも、普通の居酒屋よりは面白いんじゃないですかね」


「あとは~、お坊さんのいるバーとか、鉄道系のバーとか、いろいろありますよ!」

「お坊さんって、お酒飲んでいいの?」


「作るだけなら良いんじゃないですか?」

 訳が分からなくなって、首を捻る。どうして良いのか、全く解らない。


「興水って、そんなに愉快なヤツだった?」

「愉快かどうかはわかりません。あんまり、飲み会とかのイメージがない、合理的な人だと思っていたので……。やっぱり、瀬守さんは同期だから、特別なんでしょうね」

 後輩の言葉に、すこしだけ引っかかる。


 確かに、興水とは同期だ。その分の親しさはあるだろう。だが、興水は、後輩が言う通り、合理的な人だった。飲み会などは、よほどの取引先でなければ『コスパが悪い』と切り捨てるタイプの人間だろう。だからこそ、今回の出張は、興水ではなく、凪のほうが適任だったと思っているので……。


(まあ、とりあえず、ニンジャレストランとか、なんかとんちんかんな場所を選んでも、気にしないで楽しんでやるか)


 仕方がない、同期だしな、などと少々上から目線の事を考えながら、達也は、仕事へ戻る。そして、この一連の流れを、凪に見られていなくて良かった、とそれだけは思っていた。



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