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第16話 運命のセフレ

 前日に激しい運動をしたおかげか、ボリュームたっぷりのモーニングは、美味しかった。


 美味しく食事が出来たのは良かったが、それはそれで、なんとなく腹が立つ。


(全部、凪の思い通りなんだよなぁ)

 関係を持つつもりはなかったのに。

 これ以上、深追いはしたくなかったのに。


 向かい合って喫茶店のモーニングを食べている凪が、小さく呟く。


「恋人と、モーニングコーヒーって、ちょっと、エロくないですか」

「っ!! お前、何……っ!!」

 何を言っているのかと慌てたが、凪は平然としている。


「一般論です。……ほら、モーニングコーヒー飲むっていうと、大体、夜は一緒に過ごしてるわけじゃないですか」

「一般論、ねぇ」


「そうそう。一般論ですよ。……例えば、アレです。彼氏のパジャマを着て、ぶかぶかだったりするのに萌えたりするやつと一緒です」


 達也と凪は、そう、体格は変わらないだろう。お互いのパジャマを着たとしても、何も面白いことになることはないだろう。


(……スウェット姿の凪……)

 想像してみたが、別に、普通だった。大体、コンビニにちょっと買い物にでも行きそうな姿というだけだ。


「達也さん、想像しました?」

 にやっと、凪が笑う。


「なっ……っ!!」

 顔が熱くなるのを達也は感じていた。どこまで行っても、凪の思い通りにしか動いていないようで、腹立たしい。


「……まあ、それはさておき、達也さん。今日は、このまま、直帰ですか?」

「ああ……」


 そうだな、と達也は、すこし考える。このエリアは、今まで訪れたことはない。また、ここに来る機会があるとも思えない。


「そうだな、すこし、この町とか、近隣のもう少し大きな都市でもすこし歩き回ってから、帰ろうと思うよ」

「じゃあ、俺も、お供しますよ」


「えー、いやいいよ。俺は、好きでやってるだけだから」

「先輩の仕事を見学させてくださいよ」

 そう言われてしまうと、すこし弱い。断る理由がなくなってしまう。『仕事』なら。


「そこまで言うなら、まあ、いいか……ただ、別に、俺は、何も教えられないぞ。俺だって、自分で何か感じてこいって言われたのを忠実に守ってるだけなんだから」


「はい、それでいいです。……先輩達の仕事を見るのって、勉強になります、ついでに、達也さんと一緒に居られるんですから、俺は出張でも、残業でも、喜んでやりますよ」

 にこっと笑って、凪は指を立て見せた。焼けに爽やかな笑顔が鼻に付く。


「お前……」

「だから、都合良く、割り切って、俺のことを勝手に動くバイブだとでも思ってくださいよ」


 さらりととんでもないことを言い出す凪に、「朝っぱらから何言ってんだよ」と達也は溜息を漏らす。

 そういえば、達也は今まで、そういう、オモチャを使ったことはなかった。


(でも、きっと……凪のほうが気持ちが良いんだろうなあ)

 温度、質感のどれをとっても、きっと、凪のほうが良いのだろう。


 そんなことを思いながら、達也は、コーヒーを飲む。目の前の凪は、幸せそうな顔をして、達也がコーヒーを飲むのを見ている。


(どう考えたって、本気の顔してるだろうが……)

 面倒くさいことになる前に、達也が、惹かれてしまう前に、逃げ出した方がいいのだ。


 けれど、手は、掴まれてしまった。






 できるだけ遅い時間に出張から戻った。新幹線と在来線を乗り継ぐのは面倒だったが、この距離感を体験出来たのも良いかもしれない。


 この距離感を乗り越えて、なお、あの町に『行きたい』と思ってもらう為の、企画を立てなければならない。


 興水には悪かったが、仕事という意味では、凪と一緒で良かった。


 興水は、同期入社の上司ということなので、やはり、すこし気を遣う。けれど、凪には気を遣わなくてすむ。凪のほうが、沢山、気を遣ってくれているのだろうが、とにかく、達也は、ラクだった。


 それに、話も合う。食事の好みが似ているのを、今回の出張で知った。好きな酒、好きな食べ物が結構似ていて、驚いたものだ。


(本当に、部下じゃなかったら、良かったのに……)

 達也が逃げるのを、追いかけてくるのには、すこし困る。


 追わないで欲しい。あちこち行く先行く先に、待ち構えて、退路を塞ごうとしているのは解る。けれど、達也は、それが困る。


 けれど、凪に押し切られる形で、都合が良いとき、ホテルに行こうということになってしまった。それは、どういうことか、よく解らない。これを承諾してしまったときの、自分自身の、心の動きも、理解出来ない。酔ってはいなかった。


 不定期に、なんとなく、ヤりたくなったらホテルに行くということで、話はついた。


「俺たち、運命なんですよ。運命のセフレ。身体の相性は完璧。こんなのって、中々ないでしょ」

 そんなどうでも良いことを言う凪に、おしきられてしまった形だった。


 どうしようもない。


 運命、という言葉を囁けば、喜ぶとでも思われたのだろうか。そうだとすると、すこし、悔しい。そんな言葉に酔うほど、安っぽくはないつもりだったし、今更、そんな言葉を素直に信じられるほど、子供でもない。


 ホテルに行く前に、軽く『腹ごしらえ』をする。


 それが、決まりだった。別に、そう言い交わした訳ではないが、最中に、腹が減りすぎて、終始、腹の虫の声を聞きながらセックスするのも、正直、すこし、もったいない。


 どうせ、するなら、ちゃんと、全部感じたい。


 どこか、満たされないような気持ちというか、ぽっかりと空いた空隙を、満たして欲しいとは思う。


 けれど、現実には、どれだけ水を与えようとしても、与えても、その空隙は、全く埋めることは出来なかった。


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