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第14話 出張とアクシデント

 外回りは多い職場だが、新幹線で出張に行くのは初めてだった。しかも、泊りがけということで、半分旅行気分になるのは仕方がない。


 新幹線など、めったに乗らないからだ。


 待ち合わせは最寄り駅で、そこから新幹線の駅まで移動するのだが、待ち合わせ時刻に、興水は来なかった。


「あれ、おかしいな」

 いつも時間厳守の興水らしくない……と思っていると、

「瀬守さん!」

 と小走りにやって来たのは、凪だった。


「えっ!? なんでお前?」

「興水さん、高熱でダウンです。それで、俺にピンチヒッターが回ってきました。俺、担当案件ないから小回りが効くので」


「そ、そうなのか」

 うろたえながら言いつつ、スマートフォンを確認する。興水からメッセージが入っていた。熱を出して寝込んでいるうさぎのスタンプが一つだけ送られている。


「しかし、お前、大丈夫なのか?」

「もちろん、プロジェクトの内容は分からないので、いまからミーティングさせてください。ベストは尽くします」


 きっぱりと、凪はいう。思い切りの良い態度は、今年の新入社員とは思えないほど、堂々としていた。

 最近避けていたが、凪が優秀な部下であるのは間違いない。


「じゃあ……頼む」

 電車の時間も、目前だし、仕方がない。ここで一人で行くのも気が引ける。一緒に行くしかなさそうだった。




 移動の間、凪に訪問先の情報と、プロジェクトの情報をたたき込む。凪のほうも、真剣な面持ちで聞いてくれた。しばらくの間、凪を避けていたものの、凪は今年入社とは思えないほどに仕事に馴染んでいる。


 それは頼もしいし、仕事にも集中出来た。こういう時に、変にベタついたり、口説いてこないのもありがたい。


(まあ、やっぱ、優秀なんだよな、こいつ)

 おそらく、すぐに達也を追い越すのではないかと思う。


 先方の街に早く到着して、街の様子を探るのも、凪は快く同意した。

「たしかに、その会社さんの地域性ってありますよね」


 などと言いながら、あちこちをみて回る。新幹線の駅から遠い街で、寂れているのかと思いきや、そうでもなかった。地方の中核都市的な位置づけらしい。


「夏は花火大会と、あと、音楽フェスもやるみたいですね」

 それならば夏場の集客はありそうだ。冬はというと、雪が降るわけでもなく、集客の決め手には欠けそうだった。


 のんびりした雰囲気というのではないが、大きな企業が出店してきているわけでもなく、それは少し不思議な感じだった。


「スーパーとか、コンビニが、見たこともない店舗が多いですね」

 大手の出店を拒んでいるのだろうかとも思うが、街道沿いにはポツポツと大型チェーンの姿もある。


「全国どこに行っても同じ風景よりは、俺はこっちのほうが好きだな」

 ポツっと達也が呟くと、凪も同意した。


「そうですね、俺もです」




 商談は思いの外スムーズだった。凪と二人で街中を見歩いていたのを、人づてで聞いたらしく、熱心な人が来てくれて嬉しいと、手を取って喜ばれた。


 それをありがたく思う反面、街中に、口コミのネットワークが広がっている怖さも思い知る。


 どちらにせよ、街の様子を少しでも体感出来たのは良かった。


 先方が気に入ってくれて、夕食を一緒に摂ることになり、駅前にあるビジネスホテルにたどり着いたときには、すでに日付が変わる直前だった。


「チェックイン、0時までらしいですから、ギリギリでしたね」

 チェックインしながら、凪が、小さく呟く。


「そうだったのか、それはセーフだったな。よかった」

 見知らぬ街で、今から別の宿泊先を探すのは大変だ。そうならないなら良かった。


(そういえば、同室とか言ってた気がするけど……)


 まあ、出張で来ているし、なにかあるというのもないだろう。

 それに同じベッドで寝るわけではないのだから、気にしなくても良いような気がした。


 凪のほうも、特に何も言ってこない。ならば、それはそれで放っておけばいいだろう。ただ、凪は、終始、相手の機嫌を損ねることなく、そして、押しつけがましい営業をするでもなかった。それが、かえって良い印象を与えたのは間違いない。商談の為の打合せとしては、上々の出だしだった。


「正面玄関の所は、0時で締まるそうです。それ以後に外に出る場合は、裏の通用口からで、カードキーで行けるそうですよ。なにか、買ってくるものとかあれば」


 そう言いながら、凪は、達也にカードキーを手渡した。プラスティックで出来た、名刺くらいサイズのカードには、部屋番号が記載されている。


「そういえば、朝飯どうする?」

 ビジネスホテルによっては、朝食が付く事もあるが、ここには食堂はないようだった。


「明日は帰るだけなら、どこかでモーニングセットでも食べますか」

「ああ、そういうのもいいな」

「名古屋とかだと、すごい豪華なんですよね、モーニング」

「それを言ったら、都心のホテルのブレックファースト・ビュッフェなんかもすごいだろ。値段もすごいけど」


「そうなんだ」

「まあ、ちょっと興味はある」


「じゃあ、今度一緒に行きますか?」

 凪の言葉を聞いて、一瞬、硬直してしまった。だが、すぐに気を取り直して、続ける。


「そうだな。じゃあ、また、出張でもあったら」

「出張じゃなくてもいいじゃないですか。ゲストでも入れますよ、きっと」


 雑談しながら部屋に向かう。時間が時間なので、もう就寝している客もいるかもしれないが、黙って歩いていくよりは、幾らか気がまぎれる。


(気がまぎれるって、何がだよ)

 達也は、自分ばかり、何かを意識しているようで、すこし、つまらない気分になった。だが、話をするつもりもないので、飲み込んでしまう。


 部屋までたどり着いて、カードキーで部屋をあける。部屋の空気は、少しよどんでいた。明かりをつけて、達也は、驚いた。


「ちょっ、これ、ツインじゃなくて、ダブルじゃないか」


 つまり、広いサイズのベッドが一台あるだけだった。

 フロントまで文句を言いに行こうとしたが、凪に行く手を阻まれた。後ろ手に施錠したのがわかる。


「手違いとかじゃなくて、最初から、ダブルだったみたいですよ。何考えてるんですかね、あの人。今日は、シングルだって空き部屋があるのに」


 凪が冷えた声でつぶやいた。


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