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第13話 残業プロジェクト



 日中は普通に仕事をして、定時後は、興水と一緒に別件の仕事をする。


 社内でも、その姿は有名になったらしく、『残業プロジェクト』という大変不名誉でダサいプロジェクト名で呼ばれることになってしまった。


「あ、瀬守さん、今日も、『残業プロジェクト』っスか? 頑張ってくださいね。これ、差し入れッス」

 他部署の後輩が、スナック菓子を机の上に置いていく。


「お菓子より、手を貸せよ!」

 とは文句を言ってみるものの、そこまで、本当に苦情があるわけでもない。ただ、社内で関心を持たれているというのは有難いことだった。

だれにも関心を持ってもらえない仕事は、少し、むなしい。


「プロジェクト成功したら、僕も呼んでくださいよ!」

 などと声を掛けてもらいつつの仕事は、残業代も出ないので趣味のようなものだったが、それでも、モチベーションは上がる。気合が入ったタイミングで、仕事のスイッチが入る。


 忙しくて家に帰っても死んだように眠るだけになってしまっているが、とにかく、今は、それがありがたかったし、ここまで疲れ果てると、不思議なことに、性欲のほうも減退するらしかった。


 おかげで、ストレスを持て余すこともない。

(俺、意外に仕事人間だったのかも知れないな)


『残業プロジェクト』のほうは、順調に進んでいた。先方が、一度直接話をしたいと言うことで、出向くことになったのも中々、良い傾向だと思う。


「あちらの人も言ってたけど、一度、顔を見てみたいんだってさ」

 興水は、肩をすくめながら言う。興水は、どちらかというと、オンラインで完結するなら、そうしたいという、合理的なタイプだった。達也のほうは直接話す利点もあるとは思っているので、特に苦ではない。


「まあまあ、今度、一緒に行けば良いだろ」

「お前も行ってくれるのか? 有給使っていくようだぞ?」

「有給かよ、ま、いいけどさ。……毎年、余らせてるし」


 一日くらい、会社の為に使ったとしても、あまり、気にならない。本当は、こういう所を気にするべきなのだろうが……。


「すまないな」

「ウチの会社に、そのうち、褒賞休暇制度作ってくれよ」

「そりゃ、俺がうんと出世しなきゃ無理だな」


 例えばそれはどのくらいの出世だろう、と達也は思う。興水は今、課長だ。でも、それでは休暇制度とかは作れない。なら、部長なら? 本部長なら? それとも、社長まで行かないと作れないものだろうか。達也には、想像も付かない。


「じゃ、将来に期待するよ」

 はは、と笑った時、不意に、視線を感じた。ちりちりと、肌を焼くような、熱い視線だった。うるさかっただろうかと思った達也は、あたりを見回す。


 凪がいた。

 遠巻きに、凪がこちらを見ている。達也を、まだ、一心に見つめていた。


(っ……っ!)

 恥ずかしくなって、慌てて顔を背ける。だが、まだ、視線は、おってくるようだった。身体のラインを、撫でるように、舐めるように、視線がおっている。それを、感じる。


「……どうかしたのか? 瀬守」

 心配そうな顔をして、興水が問う。

「えっ?」

「なんか、顔が赤いから……風邪でも引いたとか言わないでくれよ?」

「大丈夫だよ、……なんか、ちょっと、暑くなったんだよ」

「そうか? そんなに変わらないと思うけど……」

「そんなことより、チケットの手配しよう!」

「ああ、じゃあ、俺は、宿の手配をするから、瀬守は新幹線を頼む」

「りょーかい!」


 新幹線の予約サイトへ行き、先方への約束の時間に確実に間に合うように手配する。予定の時間よりも、二三本早い新幹線にしたのは、先方の会社の周りを見て回るためだ。


(相手の会社さんの周りを、良く見ておくんだよ)

 そう教えてくれたのは、今はもう隠退してしまった、大先輩だった。どういう町に住んでいる人なのか、どういう所で商売をして行こうとしているのか、それを、肌で感じて来るように言われていたのだった。


 毎回、ちゃんとその教えを守ることが出来ているかどうかは解らない。だが、それでも、できる限り、仕事には誠実でいようと思った。


「よーし、新幹線の手配完了っ! 帰りは、別途で良いよな?」

「そうだね。宿泊になるから……、すこし、周りのリサーチなんかもしたいし」

「宿の手配は?」

「ああ、丁度、駅前のビジネスが空いてたから取っておいたよ……ただ、一部屋で、ツインだった」

「まー、ツインなら問題ないだろ」

「一晩くらい、ちょっと我慢してくれ。お前も、歯ぎしりとか寝言が酷いとかはないよな?」

 はは、と興水は笑う。


「多分、ないと思うけど」

「多分ってなんだよ。恋人とかは、何も言わないの?」

「まあ、俺、恋人居ないし」

「……入社のあたりだと、いたよな、恋人」

 ドキッとした。入社のあたりで付き合った恋人というのなら、神崎のことだ。


「あー、まー……」

 曖昧に返事をすると、興水が、思い出すように、懐かしそうな目をして言う。


「お前、凄い、浮かれてたよなあ。だから、お前に、祝儀袋包まなきゃならなくなるかと思ってたんだよ」

「まあ、そんなことはないけどな。もう、別れてしまったし、そこから、ずっとフリーなんだ」

「その割に、合コンとかも出てなかったんじゃないか?」

「お互い様だろ……仕事のほうが楽しそうだったんだよ」


 それは、真実だった。仕事をしていたほうが、楽しかった。合コンは、疲れる。達也にとっては、『カムフラージュ』の為だったからだ。いくら、同性同士のカップルが珍しくなくなったといっても、まだ、変な目で見られる方が多いだろう。


 だから、『普通』であることをカムフラージュする必要があった。だが、合コンは、カムフラージュには最適かも知れないが、女の子達からの誘いをのらりくらりと躱すのが、本当に大変だった。だから、疲れる。仕事をしているか、ジムにでも行くほうが、大分疲れないと思っていたものだった。


「たしかに、違いない」

 興水は、女の子たちが放っておかない美貌だったが、その分、様々な誘いがあったのだろう。ならば、合コンは、苦行の時間だったかも知れなかった。


「まあ、この方が、宿代の節約になるしな……じゃあ、出張はよろしくたのむぞ」


 興水が手を差し出してくる。

 その腕に、達也は腕をそっとクロスさせたのだった。


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