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第12話 二人チーム


 あの推理小説は、フリマサイトに出品してしまった。


 買い手が付くとも思えなかったが、『読み終えていませんが、読む予定がなくなったので出品します』とだけ書いたら、未練がましくて、笑ってしまった。


 別れた男との思い出を、今更処分するというのも、情けないことだったが、気が付いたときに遣っておいた方がいい、と思う。

 あとは仕事にでも没頭していたら、少しずつ全部忘れていくだろう。


(ちょうど、仕事は忙しいしな……)


 このご時世、仕事があるだけでもありがたい。忙しいならなおさらだ。

 ストレスが溜まれば、また、処理だけすればいい。一番手っ取り早いストレス解消の方法は、スポーツ的なセックスだったが、それは、今は気分じゃない。


 それならばそれでも良かった。セックスだけがすべてではないし。ストレスなら、寝てしまえばいいだけだ。





 仕事の都合で外回りをして、帰ってくると、ちょうど、席に興水が、来ていたようだった。


「あれ、俺になんか用事あった?」

「ああ。まずは、外回りお疲れさま。……この季節でも、結構暑いだろ……急ぎの用事がなければ、休憩室にいかないか?」


 冷たい飲み物くらいご馳走するよ、と興水は笑う。さらりと労ってくれる興水は、直属の上司ではないが、自分の上司には、少し見習ってもらいたいもんだと、内心ため息をついた。


「急ぎの用事はないよ? お礼のメールくらいだすけどさ」

「ああ、そうだな。それじゃ、二十分後、休憩室でいい?」

「あ、悪い」

「じゃ、あとでな」


 手をひらひらと振りながら、興水は去っていく。周りの女性社員たちから、ため息が漏れるが、わからなくもない。もし、達也も、自分が女性なら、同じような行動をとっていただろうと思うからだ。


 パソコンを立ち上げて、今、訪問した会社へお礼のメールを打つ。二十分あれば、落ち着いて打つ事が出来るので、一言二言、追加して送るようにしている。


 コピペで作られた文面は、『コスパ』は良いかもしれないが、受け手は、味気なく感じるものだからだ。


 メールを打って、休憩室に行くと、興水が待っていた。コーヒースタンドの、アイスカフェラテが二つおいてある。


「あれ? それ、どうしたの?」

「ああ。二十分もあるから、モバイルオーダーしてから買ってきた」

「え、悪かったな……」

 恐縮する、達也に興水はにやりと笑う。


「まあ、下心はあるさ」

「し、下心っ!?」


 今まで、まったく気にしたことはなかったが、この同僚も、達也を『そういう』目で見ているのではないかと、思ってしまった。


「あ、お前。なにか勘違いしてないか? 俺は、お前に仕事を振りたくて、カフェラテを買ってきたんだよ」

「なんだ、仕事か」


「当たり前だろ。……お前も知ってるだろうけど、うちの会社は、地元密着だ。そこからすこし脱却したくてな。別なエリアの案件に名乗りを上げたんだ。

 そうしたら、先方が乗り気になってくれてな。出来ればこれを、瀬守に任せたい」

 興水が、単刀直入に、言う。


「俺で良いのかよ」

「もちろん。うちの会社は、割と保守的だからな。地元を大事にするのが一番だって言うんだよ。もちろんそれも大事だろうが……それだけじゃ、将来食えなくなるだろ。

 だから、他にやれることをやっておきたいんだよ」

 興水の言葉には、どこか、苦々しいものを滲ませていた。


 もっと上の立場の人たち……、社長や部長などと、やり合っているのは想像がついた。


「それって、メンバーは?」

 新プロジェクトならば、ある程度の人物で回すだろう。


「俺とお前二人だけだ。うまくいくかどうかわからないのに、チームを作れないってさ。お前の件も、斎藤さんに土下座の勢いでお願いしたんだよ」

 斎藤は、達也と興水の所属する部の部長だ。


「本気だなあ」

「仕事なんか本気でやらなかったら面白くないだろ」


 興水が笑う。眩しくて思わず目を逸らしてしまった。

「俺は、もっと、惰性で働いてるなあ……」


 そう思うと少し恥ずかしくもなるが、興水は、特に気にした風もなく、さらりと続ける。


「それも良いんじゃないか?」

「えっ?」


「どっちでも好きなように、自分が、いいと思う方にやればいいと思うんだよ。俺は、そういうときに、汗をかく方を選ぶけど。どうせなら、やらされるより、やるほうが気分がよさそうだと思うからさ」

 それは確かにそうだった。


「お前と二人チームか」

「まあ、人手が足りなくなりそうだったら、誰かスカウトしてもいいけど……原則、残業代出ないと思ってくれ」


「ブラックだろ、それ」

「会社の命令外のことを、一応許可だけもらって、勝手にやるっていうスタイルだからなあ。でも、ここで成功させたら、一気に予算化するし、人も付けてもらう。だから、一旦、投資ということにはなるけど」

 といちど興水は言葉を切って、達也をじっと見つめた。まなざしはひどく、熱い。何かと勘違いしそうになるような、熱烈なまなざしだった。


「なんだよ」

「こんなの、信用出来て、尊敬できる相手にしか頼めないよ。だから、お前なんだ」

 手をとられて、ぎゅっと握られる。


「頼むよ」

 念押しをするように興水はいう。より一層、強い力で手が握られた。やはり、熱くて大きな手だ。


「ったく、カフェラテじゃ、割に合わなかったかもしれないなぁ」

「リターンは約束する!」

「おう、頑張ろう。お前のことだから、勝算もなく動きはしないんだろ。確かに、こんなの『やらされる』より『やる』方が楽しそうだわ」

 達也も、興水の手をぎゅっと握り返す。大変かもしれないが、わくわくした。


 そして、この件で忙しければ、凪からの誘いもないだろうというので、ホッとしていた。


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