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第7話 同期入社の上司


 翌朝、目覚めは悪くなかった。


 一晩、しっかり運動をして、サウナに入り、そして、また、運動をするという、実に『健康的な』生活を送って、疲労感はあったが、頭はスッキリしていた。


(これっきりだ……これっきり)


 二度と、凪とは合わないようにしよう。やはり、このままずるずると関係を続けていくのは、良くない。


 凪に宣言せずとも、達也が気をつけていれば良い。凪の仕事は、達也がコントロールできる。できるだけ一緒にならないようにして、二人きりにならないようにして、そして、もし、呑みに誘われたときでも、一人では絶対に行かないようにする。


 そういう事を続けていけば、そのうちに離れていくだろう。


(昨日みたいに、流されるのは、勘弁だ……)


 流されて、明け方近くまで戯れて過ごす―――こんなことは、止めた方がいい。


「あ、俺、シャワー浴びてきますね」

 凪は、達也が起き出した雰囲気を察して、先にシャワーへ向かった。達也が、ぼんやりしていたせいだろう。


(……帰ろう)


 シャワーならば、近くのネットカフェに行けば、借りられる。ついでに、下着と、シャツは割高にはなるがコンビニで仕入れていこう。今日の、この濃密な夜の雰囲気を少しでも引き摺って、会社に行きたくない。


(職種が職種だったら、在宅からのリモート勤務にするんだけどなあ)

 そうも行かないのが、辛いところだ。もし、在宅だったら、しばらく、出社を拒むだろう。


 流されたくない。

 そう思いながら、達也は、そそくさと支度をする。部屋代だけ、ベッドの上に置き去りして、そのまま、部屋を出た。膝に、力が入らなくて、足がもつれる。


「マジかよ……」

 小さく呟いた声も、嗄れていた。


 とりあえず近くのコンビニと、ネットカフェ。身支度と、仕事に行くための体勢を整えなければならない。


 凪のことは気になったが、これ以上、気にしないことにした。





 その日は、一日中、なんとなくしんどかった。


 身体の奥に、ずっと熱が籠もっているような妙な感じだったし、それに、凪が、身体に痕跡を残していないか、不安でたまらなくなった。シャワーを浴びたはずなのに、なんとなく、凪の匂いが移っているような気もして、落ち着かなかったし、誰かにバレたらどうしよう……と、ネガティブな気持ちになっていた。


 とりあえず、そうしてその日を乗り越え、翌日、翌々日、と、少しずつ凪と距離を取りつつ、日々をやり過ごしていった。


 凪のほうも、達也が避けているのを悟っているのか、あの朝の事を聞いても来なかったし、しつこく誘うようなこともなかったので、達也はすこしだけ、ホッとしていた。


(仕事は、ビクビクしながらは出来ないって……)


 凪の様子を気にしながら、仕事は出来ないだろう。だから、凪が、何も言ってこないのは、幸いだと言えた。その一方で、いくらかの物足りなさを感じているのも事実で、達也は、自分の面倒くさい性格に、すこし嫌気が差す。


「あ、瀬守」

 声を掛けられて、達也は、振り返る。


「なんだ、興水か……」


「なんだとは、なんだよ」

 興水は、柔らかく笑う。すらりとした長身に、華やかな容貌。その上、社内では、出世頭。達也とは同期だったが、頭一つ、興水のほうが出世している。


「そっちは、忙しいんだろ? 課長になって、残業続きって聞いてるけど」


「いうほど残業しているわけじゃないよ。……それより、最近、瀬守のほうが頑張ってるみたいだけど、体調は大丈夫?」

 優しく問われて、達也は、(叶わないんだよなあ)と小さく心の中で呟く。


 同期入社ということで、出世争いをしていたはずの興水だったが、ライバルであるはずの達也にも、いつも親切にしてくれる。そういう意味で、全く、『叶わない』と思う。達也が、先に出世したとしても、興水のように振る舞えないだろうとは思っている。


「俺の方は大丈夫だよ」

「そう? 何日か前、すごい、ふらふらになって出社してきたことがあっただろ? だから、心配してたんだよね」


「何日か前っ?」

 ドキッとした。心当たりがある。それは、達也が朝帰りした日だ。つまり、凪と一緒に過ごした夜ということになる……。思わず、頬が熱くなるのを感じながら、達也は言う。


「そ、そんなにふらふらしてたか?」

「うん。ふらふらだったし、ぼんやりしてたし、うつろな感じ? 心配だった、熱っぽい感じもしたから」


「あっ! ね、熱とかじゃないよ。ちょっと、明け方まで、いろいろあって、ほぼ徹夜だったから」


 しどろもどろになりながら、達也は言う。

 変な汗をかいて、気が焦る。


「そうなんだ。瀬守は、頑張るよね」

 ふんわりと興水は笑う。その笑顔をみて、すこし、いたたまれない気持ちになった。まさか、興水は知らないだろう。


(朝まで、後輩と一緒にラブホいたとか言ったら、さすがに興水も、驚くだろうなあ)


 華やかな容貌の割に、興水には浮いた話がない。

 変な噂話や、交流関係で、足を引っ張られないようにして居るのか、それとも、周りに気を配って、恋人や交流関係を知られないようにしているのか解らないが、とにかく、気を付けていることだけは確かなのだろうとは、達也も思う。


「……お前ほどじゃないだろ。お前が、課長になってから、仕事が凄く入ってくるようになったって、評判だよ」


「そう? 下の子たちからは、『仕事を増やして鬼だ』とか、わりと散々ないわれ方をして居るけど」

 ははっと、興水は笑う。


「でも、そうだなあ、今、ウチの子たちにまかせたら、ちょっと、溢れそうな仕事があるからさ、すこし、瀬守に任せたいんだけど、良いかな。瀬守の所の上には話を通しておくから」


「えっ?」

 降って湧いた話に、驚きつつ「おう、俺で良ければ、力を貸すよ」と安請け合いする。


「よかった。やっぱり信頼出来る人に任せたいからね」

 それじゃ、と興水は軽く手を上げて去って行く。


 同期の上司、という微妙な立場だが、信頼してくれるのは単純にありがたい。

 嬉しい気持ちになりながら、達也は、スケジュールを確認した。仕事に励んでいれば、あの日の事も凪のことも、考えなくてすむ。


 今は、目の前の仕事に集中しよう、と達也は、パソコンに向かった。


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