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第6話 運命


 部屋は、湿度が高くて、前の客の名残がそこかしこに残っているような空気だった。


「達也さん、ほら、サウナありますよ」

 小さなサウナを凪が指す。


「え、あ、本当だ……」

「とりあえず、二人は入れそうですね。用意します? すこし、時間が掛かるみたいですけど」


 時間が掛かるというのが、すこし引っかかるが「ああ、まあ」と曖昧に返事をする。


「サウナ前に、酒を飲んでも仕方がないですし、……どうします?」

「どうもしないよ」

「……機嫌悪いですか?」

「そりゃあな、連れ込まれたんだから、そうだろうよ。しかも用意周到に」


 周りのホテル、空き状況まで、把握して居たんじゃないだろうか。達也は、溜息まじりに凪を見やる。


「なあ」

「なんですか、達也さん」

「本当に、あの時、マッチングしただけで、ウチの会社来ることにしたのか?」


 佐倉企画は、小さな広告代理店だ。町の広告屋、程度のものなので、給料もそんなに高くないし、それに、仕事も地元密着形。昔ながらの『お付き合い』とか『しがらみ』の中で細々と続いているような会社だ。


「そうですよ」

「お前、他に内定はあったんだろ」

「ええ、同業だったら……」


 告げられた企業名は、国内最大手の広告代理店のものだった。その他にも、商社、メーカー、様々な一流企業から内定を貰っていたようだ。


「も、もったいない……」


「そうですかね。むしろ、大企業に入って、社内政治にいそしむより、ウチの会社みたいな小さな会社で好き放題に働いた方が楽しそうですけど。大企業だったら、新人には与えられないようなチャンスが、ごろごろ転がってるんですよ。面白いじゃないですか」


 はは、と凪は笑う。心臓が強いのだろうし、自分が失敗する未来というのが、全く見えていないのだろう。


「マッチングで、気に入ったのか? 人生棒に振るくらい?」

「俺は別に、人生を棒に振ったなんて思ってませんよ。あの時、マッチングして、達也さんを抱いて、運命だって思ったので、俺は、運命を手に入れる為にここに来ただけです」


 そう言われて、頬が熱くなるのを、達也は感じていた。

「運命って……」


「俺は、軽々しい気持ちで言っている訳ではないですよ? 運命って、ちゃんと捕まえてないと、どこかに行っちゃうんです。だから、いつか再会できたら、なんて神様に祈るより、行動に移しただけです」

 きっぱりと、凪は言う。


「……わかんない」


「良いんです。でも、俺の運命だから、達也さんを、手に入れるって決めてるだけです。……でも、達也さんにその気がないなら、遊びで良いですよ。遊びでも、離れられなくします」


 自信たっぷりに、凪が笑う。確かに、凪とするのは悦かった。今まで感じた事がないくらい、感じて、気絶同然まで追い詰められた。あの、感覚は、すこし捨てがたい。他の人とは感じたことがないものだった。


「とりあえず、部下だとかそんなのは、全部どこかに捨てておいて……、楽しみましょうよ。俺、今はまだ、そんなにメンドクサイこと言いませんから」


 そのうちなら、言うのかよ、と達也は文句を言おうとしたが、凪の唇に、口を塞がれた。いつの間にか、腰を引き寄せられている。身体が、服越しに、密着していた。ごくごく自然に、ベッドのところまで移動する。


(あ……)

 達也は、凪の服を掴んだ。


「なんですか?」

「……服、皺になる。さすがに、皺だらけで会社直行はしたくない」


 一瞬、凪が目を丸くしてから、すぐに「じゃあ、脱がせますね」と言って、達也の服を手早く脱がせていく。ジャケット、シャツを簡単に脱がせて、スラックスの前を寛げられる。そのまま、脱がせられ、下着だけの姿になるまで、時間は掛からなかった。


 下着の上から、凪が、そっと触れる。

「っ……」


「ああ、良かった。達也さんも、結構、その気なんですね」

 たしかに、達也の中心には、じっくりと熱が集まってきている。充血して、固く、張り詰めている。優しく撫でられていくと、余計に、熱が集中して、息が、上がる。


「っ……」

 凪の肩口に額を預けてしまうと、小さく、凪が笑ったような気がした。


「うれしい」

 凪が、うっとりと呟く。「俺、ずっと、達也さんに触れたかったんですよ。正直、会社でも、すこし妄想してました」

 ふふ、と凪が笑う。


「ば……っ! し、仕事中は、仕事に集中しろよっ!」


「えー、でも、仕事中の達也さん、そそるんですもん。……真剣な顔で……、まさか、あんな風に乱れるなんて、誰も知らないじゃないですか。だから、俺だけが、一人でギャップ萌えです」


 聞いたことのないような言葉を言われて、達也は面食らう。けれど、その間も、凪の手は、確信的に、達也の中心をまさぐっている。


「凪……っ」

「嬉しい。名前、読んで貰うの、俺、好きなんです。……仕事だと、水野、ですもんね。……達也さんも、可愛い。顔、耳まで真っ赤」


 そう言われて、達也は恥ずかしくなる。

(なんで、こいつに良いように、好き勝手されて……)

 と思いながら、達也は凪の腕を取った。


「サウナ……行くんだろ」

 達也が、睨み付けるように言うと、凪は、あからさまにガッカリした表情を浮かべた。


「これって、生殺しじゃないですか?」

 凪が達也の手をとって、自分の中心に触れさせる。そこは、スラックスの上からでも解るくらい、雄々しく欲望を主張して居た。


「……っ!」

「達也さん、まず、一回してからにしましょう。夜は長いんですし」

 勝手な事を言いながら、凪が、達也をベッドの上に上げて、覆い被さる。


「凪っ!」

「……ダメ。もう、ここまで来たら、やめてあげない」


 凪に、キスされて、抗議は吸い取られた。

 今度は、舌を絡め合う、貪るようなキスだった。


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