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第4話 待ち合わせ

 勝手に、あいつが待ち合わせを決めただけだ……。


 そうおもいながらも、待ち合わせ場所として指定されたバーに、つい、足を運んでしまった。


(今日は、飲みたかっただけだよ……)


 そう言うことにしておこう、と思いながら達也はカクテルを注文する。あまりカクテルの種類を知らないから、当たり障りなくマティーニを注文する。


 バーテンダーの目の前のカウンター席。手際よくカクテルを作るバーテンダーの手つきには、見ていて気持ちがいい。


 年齢は、三十代後半くらい。落ち着いた雰囲気で、髪をオールバックにして、ベストとシャツ。オーセンティックな雰囲気が、溜まらなく禁欲的だ。


(こういう人とだったら、遊んでもいいんだけどさ)


 勿論、目の前のバーテンダーが、男でもOKかと言われたら、必ずしもそうじゃないだろう。


(第一、俺は年下なんか好きじゃないし、メンドクサイし……)


 そんなことを考えて居る間に、バーテンダーが、そっとカクテルを差し出す。


 クラシカルな逆三角形のグラスに入った透明なカクテル。そこに、ピンに刺さったオリーブの実が沈められている。


 一口飲んでみるが、正直な所、味など良くわからない。なんとなく、ハーブの香がするのと、苦味があるのがわかるくらいだ。飲みなれない味だとは思った。


「王道ですね」


 後ろから声を掛けられて、達也の肩が揺れた。驚いてグラスを落としそうになったのを、なんとかこらえて、首だけで振り返る。


「水野」


 来るのは、わかっていた。一方的だとはいえども待ち合わせだったはずだ。


「折角、プライベートなんですから、ナギで良いのに」


「じゃあ、あんな風に、会社で誘うなよ」


「だって、プライベートの連絡先、教えてくれないでしょ、達也さん」


 凪は達也の隣に座って、バーテンダーに注文をする。それから、達也のグラスの中に飾られた、ピンで差されたオリーブを、ピンごとひょいっと引き抜くと、一口に食べてしまった。


「お前、それ、俺の……」


 別に、オリーブは飾りだと思っていたから、かまわないが……と思っていると、そっと耳元に凪がささやく。会社で聞くよりも数段甘くて、抑えた声だった。


「昭和な人から聞いたんですけどね、これ、あなたを食べたいって意味になるらしいですね」


「はっ!!?」


 うろたえると、さっと凪は離れて、笑う。「冗談、ではないんですけどね」


「からかって楽しんでるだろ」


「怒らないで下さいよ。バーの雰囲気っていうのもありますからね」


 こういう所は慣れているのか、余裕の表情で、凪は笑っている。バーテンダーからカクテルを預かって、一口飲む。円柱状のグラスの中で、丸い氷が、金属質な固い音を立てた。


「雰囲気、ねぇ」


 達也は小さくつぶやいて、溜息を吐く。


「別に、雰囲気重視したって仕方がないだろうに、仕事付き合いだけなんだから」


「だから、プライベートが欲しいんですけど」


 凪の薄い唇の端が、上がる。悪びれもせずにいう凪に、多少、苛立つ。どうにも話がかみ合わない。それは仕方がないだろう。達也は、これ以上凪に付き合うつもりはない。それを告げるために、今日はここまで来たようなものだ。だが、凪は、逆だ。ここから、何かを続けようとしている。その為に来ている。


「俺は、お前とプライベートに時間に会うつもりはないよ」


「じゃあ、前に会ってくれたのは?」


 凪のまなざしが、達也を射る。まっすぐ、腹の底の、達也も知らない事実までみすかしてしまいそうなまなざしだった。


「関係のない相手だったから。それに、あの時だって、二度目はないと思っていたんだし」


 それは事実だった。


「だから、俺は、お前が俺を追いかけてうちの会社まで来たって聞いた時には、目の前が暗くなるくらい驚いたし、悪寒がしたよ。ストーカーみたいで怖いだろ。普通に考えたら」


 凪は、少し考えるそぶりをした。眼を伏せて、グラスを揺する。氷が、くるくると回転している。折角のカクテルが水っぽくならないだろうかと、余計なことを達也は考えた。


「重いですか?」


「わかってるなら、引いてくれ。仕事上は、こういうことは隠しているし、大体、プライベートを明け渡すような関係にはなりたくない」


 はっきり言わなければわからないだろうと思いつつ、達也はいう。ここまで言えば、大体は引くだろうと思っていたが、凪は「いいえ」とだけ告げた。


「は?」


「俺は嫌ですよ。折角、追いかけてきたんですから。いいじゃないですか。手軽に遊んでくれれば。今の所は俺はそれでも十分です」


「今の所ってなんだよ」


「いずれはどうなるかわからないとおもうんですよね。だから、今の所、リザーブしておきたいです」


「リザーブって、お前……」


「だって、達也さん、いまフリーですよね? だったら、問題なくないですか? 変な相手に引っ掛かるより、見知った相手の方がいいと思うんですよ。それに、俺なら、仕事が忙しいとか、そういう事情も考慮できますし」


 凪は、めげずにぐいぐいと営業してくる。明るい笑顔で、こう、押しが強いと営業された相手は、断ることが出来ないのではないか? 営業職は向いてそうだな、などと見当違いの事を、つい考えてしまった。


「自分でいうのもなんですけど、俺、結構お買い得だと思うんですよ」

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