社内で、恋愛関係になるのは、正直、面倒だと、
本人達は、人目を忍んでやりとりをしているつもりで、しかもそのスリルを楽しんでいるのだろうが、周りから見たらバレバレだし、その、隠れて何かをやっている感が痛々しい。その上、周りの人間は、知らない振りをしなければならないので、正直な所、迷惑でしかない。
「笠原さんと、弓月さん、社内恋愛ですかぁ」
社内恋愛を見事に成就させた二人から連名でメールが届いたのは、先ほどだった。それを見ながら、達也の隣で、後輩の朝比奈が、小さな溜息と共に呟いたのが聞こえた。
「弓月ちゃん、同期なんですよ。はあ、また、ご祝儀貧乏に……瀬守さん。本当に、迷惑ですよね。社内恋愛って」
同意を求めるように、朝比奈は問いかけてくる。
「そうだな、俺も、社内恋愛は面倒だと思うよ、周りも気にするし」
「そうそう! 結婚式までの間、面倒じゃないですか、微妙だし……」
朝比奈の声が高くなる。そろそろ雑談を切り上げようかと思ったとき、
「いいじゃないですか」
と瀬守の背後から、声が聞こえてきた。今年入社の新人で、達也の部下の、
ふんわりとした柔らかそうな髪、整った顔立ち。いつも柔和な態度でいる凪は、常に人目を引いている。
「水野……」
「あっ。凪さんは、社内恋愛肯定派なんですね。ちょっと、意外。普通に、マッチングとかで相手探してそうなのに」
朝比奈が、探るような目で見ている。
実情を知る達也は、目を背けて、パソコンの画面を見やる。残念なことに新着のメールは入っていない。入っていれば、仕事に戻れるところだった。
「ひどいなあ、それじゃ遊んでる人みたいじゃないですか。俺、結構、一途なタイプですよ。ねえ、瀬守さん」
凪は意味ありげな視線で達也を見た。その余裕ぶった表情が腹立たしくなって、「そろそろ、雑談は辞めて仕事に戻ろう」と切り上げる。朝比奈は、ハッと我に返って、
「すみませんっ」
と小さく謝ってから、仕事に戻る。凪も、「俺も、戻ります」と言って自席に戻る。その通り過ぎざまに、達也に「あ、これ書類です。確認お願いします」と渡してから去って行った。達也が書類に視線を落とすと、凪が置いていった書類の端に、付箋紙が付いている。
『今夜、会えませんか』
と一言。そして、場所と時間が指定されている。乱暴に付箋を外して、去って行った凪を睨み付ける。振り返った凪は、へらっと笑った。
水野凪。
達也よりも六歳も年下の、直属の部下。チームは増強が必要だったし、インターンの頃から、仕事ぶりを買われていた凪が、チームに入ってくれたことには、不満はない。仕事上は、大いに役立っている。
しかし―――……。
(こっちは問題大ありなんだよ)
と、達也は溜息を吐いて、私物のスマートフォンを取りだした。マッチングアプリからの通知が来ている。ゲイ専用のマッチングアプリだ。ここで、気軽に遊び相手を探していたのだ。
思い起こせば半年前。
このアプリでマッチングして会ったのが、凪だった……。