皆の協力もあって
それを飲んだイアン様の熱はすぐに下がり、わたしたちは胸をなでおろした。
……それから数日が経ち、わたしたちは食中毒事件の調査を再開する。
「あれ? このお店って、あの時皆で行ったお店だよね?」
わたしが被害者の症状一覧に目を通していると、別の書類を読んでいたマイラさんがそう口にした。
スフィアやクロエさんと彼女のもとに集まり、手元の書類を覗き込んでみる。
「そ、そうですね。お店のあった場所も、日付も、売っていた商品も一致します」
「本当ですね……魚のマリネ。あの時、食べなくて正解でした」
安堵した表情でスフィアが言う。
彼女の気持ちはわかる。もし、あそこで料理を食べていたら、わたしたちも食中毒にかかっていたかもしれないし。
それに、あの場にはイアン様も同行していた。一歩間違えれば大変なことになっていたと思う。
「ということは、エリンさんたちはこのお店の店主さんをご存知なんですか?」
「へっ? まぁ、一応、顔は見ましたけど……」
「それなら書類とにらめっこするより、その店長さんを探して直接話を聞いたほうが早いと思うんですが」
ややあって、口元に手を当てながらクロエさんが言う。
「そうだね! なんか字ばっかり見てて頭痛くなってきたし、手分けして探そう!」
その言葉を待っていたかのように、マイラさんは勢いよく立ち上がった。
直接聞いたほうが早い……それは、わたしも同意見だけど。
「……あの、皆で一緒に探しませんか?」
「なんで? 顔はわかるんだから、手分けして探したほうが効率いいよね?」
「そ、それはそうですが……」
さも当然といった顔のマイラさんを前に、わたしは言葉に詰まる。
もし仮にわたしが店主さんを見つけたとして、話を聞けるかどうかもわからない。相手は男の人だし、絶対緊張して言葉が出てこない可能性が高い。
……そうだ。ここはクロエさんと一緒に行動しよう。そうすれば、少なくともわたしだけで店主さんと対峙するなんて事態は避けられるわけだし。
「じゃー、クロエさんはスフィアちゃんと一緒に行動してねー」
「わかりました! スフィアちゃん、よろしくお願いしますね!」
「はい! 見つけたらすぐに知らせます!」
そんなことを考えているうちに、クロエさんはスフィアとペアを組んでしまった。
「あ、あのあのあの」
「え? エリンさん、どうかしましたか?」
「い、いえ。なんでもないです……」
結局自分の口からは言い出せず、単独行動で店主さんを探すことになってしまった。
……はぁ。わたしの意気地なし。
◇
その後は昼食をとりながら、店長さんへの質問内容をまとめた。
できる限りの準備を整えて、わたしたちは中央通りへと繰り出す。
「夕方までに見つからなかったら、またここに集合ね!」
「はい! それでは!」
中央通りに設置されたベンチの前で、仲間たちと別れる。
一人になると、なんともいえない不安感が襲ってきた。
「うぅ……頑張れエリン、負けるなエリン」
久しぶりにその言葉を呟いて、わたしは歩き出した。
その後、以前お店が出ていた場所を中心に探してみたものの、お店そのものが存在していなかった。
食中毒事件からそこまで日が経っていないし、まだお店は出せないのかな。
そんなことを考えながら中央通りをさまよっていると、いつしか夕方になってしまった。
ちょうど中央通りの端っこだし、今日はここまでということにしよう。
「……あ」
内心ほっとしながら
分厚いフードで顔を隠しているけど、例の店主さんで間違いない。
わたしはとっさに近くの木箱の陰に隠れ、その様子をうかがう。
彼は時折周囲を見渡し、明らかに警戒していた。
今回の一件で、中央通りに店を出す全ての屋台に衛生管理指導が入ったという話だし、原因を作った人物として、彼が屋台仲間たちから目の
そうこうしているうちに、店長さんは歩みを早めていく。
……あ、こうしてはいられない。声をかけて、話を聞かないと。
そう考えつつ、後ろから彼に近づくも……いきなり話しかける勇気なんてわたしにはない。
相手がわたしの気配を感じて振り返った時も、とっさに隠れてしまうほどの情けなさだった。
……そんな付かず離れずな状況が続くことしばし。
気がつけば日は暮れ、周囲は夜の闇に包まれていた。
結局わたしは話しかけられないまま、店長さんについて浜辺までやってきていた。
こ、こんなところまで来てしまった……。
だけど、ここなら人もいないし。一対一で話すにはちょうどいいかも。
「……おい。出てこい。来てやったぞ」
岩陰に隠れながら、飛び出すタイミングを探っていると……店主さんが声を上げた。
見つかってしまったのかと、一瞬心臓が飛び出しそうになるも……彼の言葉はわたしが隠れている場所とは別の方角へ向けられていた。
「ずいぶん待たせやがって。暑さでどうにかなるかと思ったぞ」
そう言って別の岩陰から顔を出したのは……フランティオ工房の工房長だった。
「そう言うなって兄貴。今の俺は色々と大変なんだからよ。それで、金は?」
「ああ、バッチリだ。補助金と薬の売上、合わせて15万ピール。これだけありゃ、半年は遊んで暮らせるぞ」
大きな袋を持ち上げながら、工場長はいやらしい笑みを浮かべた。
「すげぇな。俺も手を貸したんだから、半分はくれるんだろ?」
「まぁ待て弟よ。確かに薬入りの料理を売ったのはお前だが、その薬を作ったのは俺だ。お前には料理の売上もあるだろうし、ここは四割で許してくれ」
「おいおい兄貴、そりゃないぜ……」
そこまで話を聞いて、わたしはある考えに至る。
まさかこの二人、協力して今回の直中毒事件を引き起こしたのではないだろうか。
会話からして兄弟のようだし、出店書類に登録してある名前はおそらく偽名だ。
料理に薬を入れたと言っていたけど、患者たちの症状から考えて、下痢や嘔吐を誘発する薬を使ったのだろう。
薬の中には、毒素を体外へ排出する過程で下痢を引き起こすものもある。
それを料理に混ぜて売ったのだとしたら、食中毒と勘違いしても不思議はない。
そして症状が出た人は薬を求め、薬師工房に殺到する。
すると薬が売れ、工房は儲かる。緊急対応ということで、補助金も出る。
そのサイクルによって、彼らはたくさんのお金を荒稼ぎしたのだろう。
なにより、薬が原因ということは、レリックさんの用意した食材は食中毒とは一切関係がないことになる。
そればかりか、人々を幸せにするはずの薬を悪事に使うなんて。彼らは薬師の風上にも置けない。
……これは、早急に皆に報告しなければ。
わたしも怒り心頭だったけど、男の人二人の前に勇んで飛び出したところで、何かできるはずもない。ここは一旦退いて……。
――パキッ。
……その時、足元に落ちていた貝殻を、思いっきり踏み割ってしまった。
「なっ……誰だ!」
直後に声がして、足音が近づいてくる。
夏だというのに、わたしの背中に冷たい汗が流れた。