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第13話『薬師、招集される』


 その翌朝、わたしはエドヴィンさんやレリックさんとともに、ノーハット伯爵様の部屋に呼び出されていた。


「え、食中毒ですか……?」


「うむ。先日、とある屋台で提供された料理を口にした人々が、次々と体調不良を訴えたのだ」


 三人がけの上質なソファーに腰を落ち着けた直後、開口一番にそう告げられる。


 あれだけたくさんお店が出ているのだし、衛生管理の行き届いていないお店があっても不思議じゃない。


 まして、ここ数日は雨が降り続いていて、食材も痛みやすい環境だった。


「その店は魚料理を売っていたのだが、店主いわく、仕入先の野菜が傷んでいたと言うのだ」


「さ、魚ではなく、野菜ですか」


「そのようだ。ここは港街であるし、魚は新鮮なものが手に入るのであろう。して、問題の野菜だが……」


 そこまで話し、伯爵様はレリックさんを見る。そして厳しい口調で言った。


「レリック、お前が納品したものらしいな?」


「……まさか。あの野菜は確かに私が納品しましたが、生でも食せるほどに品質管理は徹底しておりました。何かの間違いでは?」


 問われたレリックさんの顔が、みるみる青ざめていく。


「お前のことはもちろん信頼しているが、店主から話を聞いた限り、そうとしか考えられんのだ。申し訳ないが、しばらくお前の商人資格を停止させてもらう」


「そ、そんな……」


 頑として言われ、レリックさんはがっくりと肩を落とす。


 街を治める者として、ある種の『けじめ』という意味合いが強いのだろうけど、レリックさんとはわたしも長く取引をさせてもらっている。そんなミスをする人には思えない。


 それでも、一介の商人である彼に貴族様の決定を覆せるはずもない。意見できるとすれば、薬師やくしのわたしくらいだけど……。


「あ、ああああの、お言葉でしゅが」


「エリン殿、どうされた?」


 深呼吸をしてから言葉を紡ぐも、思いっきり動揺していた。噛み噛みだ。


「しょ、食中毒の原因は多岐に渡ります。加熱が不十分だったり、調理後の保存状況だったり。あと、天候にも左右されます。まして、ここ数日は雨が多くて湿度が高く、食中毒が発生しやすい環境でもありました。一概に食材のせいにするのはいかがなものかと……」


「……ふむ」


 声を絞り出しながらそう伝えると、伯爵様は口元に手を当てて考え込む。


 その直後、わたしはエドヴィンさんとレリックさんの視線に気づき、ふと冷静になる。


 ……しまった。つい、伯爵様の決定に文句をつけてしまった。


 こ、これは彼の逆鱗に触れて、別荘を追い出されてしまうのでは?


 いや、それだけじゃ済まないかも。


 ノーハット家はミランダ王家に対しても発言力があるというし、エリン工房の国家公認を取り消されたり、最悪、工房閉鎖というパターンもありえる……!?


 そ、そうなれば、わたしのせいで工房の皆は離散。スフィアも施設送りに……!


 ……い、今からでも遅くない。発言を訂正して、平伏しなければ。


「恐れながら……伯爵様、確かにエリン様の仰る通りです。レリック様の処遇を決めるのは時期尚早かと」


 わたしが土下座をしようとした、まさにその時、エドヴィンさんが立ち上がってそう口にする。


「エドヴィン、お前もそう思うのか」


「はい。彼女と同じ薬師として、の意見でございますが」


「そうか……」


 伯爵様は瞳を伏せて、熟考しているようだった。


「……わかった。そういうことなら、改めて食中毒の原因調査をすることにしよう。その調査結果が判明するまで、レリックの処分は保留とする」


「……温情、感謝いたします」


 続いた伯爵様の言葉に、レリックさんは安堵の息を漏らしていた。


 よかった。なんとか資格停止処分は免れたみたい。


「して、その調査だが……エリン殿にお任せしたい」


 ……え?


 一緒になって安堵感に包まれていると、突然そう言われた。


 わたしが、原因調査?


 な、なんか話が妙な方向に進んでいるような気がする。


 いや、あれだけ大きなことを言ったんだし、この流れになるのは当然なのかも……。


「わ、わかりました。全身全霊で、頑張ります……」


 この状況で断るなんてことができるわけもなく、わたしは脱力しつつ頷いた。


「よろしく頼むぞ。まぁ、その調査より先に、患者の救済が先なのだが」


 伯爵様は一瞬満足げな顔をするも、すぐに表情を引き締めた。


「あっ、そちらの対処も、まだ終わっていないのですね」


「残念な話ではあるがな。フランティオ工房に補助金を出し、薬の増産を指示しているが、生産が追いつかないそうだ」


 民を救うのも、貴族の務めであるのに……と小声で付け加えつつ、彼は頭を振った。


「そこで、エドヴィンやエリン殿にも薬の生産を手伝ってもらいたい。頼めるか?」


「承知いたしました」


「は、はいっ」


 すぐさま頷いたエドヴィンさんを見て、わたしも慌ててそれに続く。


 そしてすぐに、頭の中を薬師モードに切り替える。


 具体的な患者数はわからないけど、このお屋敷の調合室にはかなりの量の薬材が蓄えてある。


 以前のアメス祭りでの食中毒に比べれば規模は小さそうだし、何より今回はエドヴィンさんやスフィアもいる。薬の調合については、まず問題ないだろう。


 ……問題があるとすれば、原因調査の方だけど。今は考えないようにしよう。



 その後、わたしたちは伯爵様の部屋をあとにする。


 調査用の資料ももらったし、これを部屋に置いたら割烹着に着替えて、スフィアと一緒に調合室に行かないと。


「あのー、エリンさん!」


「はいぃっ!?」


 そんなことを考えながら足早に廊下を進んでいると、背後から追いかけてきたレリックさんに声をかけられた。


 すっかり気を抜いていたので、変な声が出てしまう。


「エリンさん、さっきはありがとうございました。あなたが助言してくれなければ、私はあのまま商人資格を失っていたでしょう」


「い、いえ。わたしなんか、大したことしてないです。むしろ、エドヴィンさんのほうが……」


「それでも、一番に声を上げてくれたのはエリンさんですよ。本当にありがとうございます。大変でしょうけど、調合作業、頑張ってください」


 レリックさんは本当に嬉しそうに言うと、一礼して去っていった。


 そんな笑顔の彼を見ていると、わたしも不思議と嬉しい気持ちになったのだった。



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