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第12話『薬師、外出に付き添う』


 それから数日間、雨は降らないものの、ずっと曇りの日々が続いていた。


 今の時期にこんな天気は珍しいとエドヴィンさんは言うも、わたしは調合室の薬材やくざいたちが湿気で傷んでしまわないか、気が気でなかった。


 その日も朝からずっと曇り空で、窓から入ってくる風も生暖かく、なんとも気持ち悪い。


「エリン先生、私、イアン様とお出かけすることになったんですが、先生もついてきてもらえませんか?」


 お屋敷の調合室で薬棚とにらめっこしていると、突然やってきたスフィアがそう言った。


「え、わたしですか?」


「はい。できたら、エリン先生にお願いしたいなぁと」


 その後のスフィアの話によると、イアン様がわたしの同行を希望したらしい。


 曇っているので晴天時ほどの暑さはないものの、今日も気温が高めなのは間違いない。


 体の弱いイアン様に何かあった時、対処できるのはわたしだけ……という意味なのだろう。


 信頼してくれるのは嬉しい。嬉しいけど……。


「スフィア、今日、表の人出はどんな感じでしたか?」


「え? 窓の外から見た限り、それなりの人がいましたけど」


「そ、そうですか……」


 スフィアの言葉を聞いて、わたしは頭を抱える。人、多いのかぁ。


 それに、スフィアたちと外出するということは、必然的に年長者はわたしになる。そうなると、先陣を切って店員さんに話しかけたり、二人をリードする必要があるわけで。


 緊急時の対応はともかく、そっちは本当に自信がない。人見知りの性格もあるし。


「もしかしてエリン先生、一緒に来てくれないんですか……?」


 すると、スフィアがその大きな瞳をうるませていた。


 よくよく考えてみれば、わたしが同行するからこそ、エドヴィンさんはイアン様の外出を認めた可能性もある。もしわたしが拒否すれば、この外出そのものがなかったことになるかもしれない。


 ……あれ? それって、色々と詰んでいるような。わたし、参加するしか選択肢ないよね?


「マ、マイラさんも、一緒にお願いします……」


 その事実に気づいた時、わたしはそう声を絞り出したのだった。


 ◇


 昼食を済ませたわたしたちは、四人で街へと繰り出す。


「ムシムシして嫌な気分になってたところだよー。エリンさん、誘ってくれてありがとー!」


 くもり空の下に太陽が降りてきたような笑顔を見せながら、マイラさんはわたしたちの先頭を行く。思惑通り、彼女が先導してくれそうだった。


「へー、レシャプの実を使ったドリンクだって! 買ってくるから、皆で飲もうよ!」


 そして中央通りに差し掛かるやいなや、マイラさんはそう言って屋台へと向かう。


「あ、その飲み物は体を冷やすので、半分ずつに分けましょう。マイラさん、買うのは二人前にしてください」


 慌ててその背中に伝えると、彼女は了解とばかりに右手を振り返してくれた。


 やがて戻ってきたマイラさんから飲み物と人数分のコップを受け取り、それぞれ同量ずつ分ける。


 ……正直にいうと、体を冷やすので注意が必要なのはイアン様だけだ。でも、一人だけ量が少ないというのもかわいそうなので、皆で同じ量を飲むことにしたのだ。


「はー、冷たくておいしいですー」


「うん、おいしい。姉さんにも飲ませてあげたいな」


 おそろいのコップを持って、スフィアとイアン様はそんな会話をしていた。確かオリヴィア様は今日、用事があると言っていたような。


「お、そこのお嬢さんたち、うちの名物料理を食べていかないか?」


 そんなことを考えながら中央通りを歩いていると、ふいに声をかけられた。


 見ると、一人の男性が屋台で何かを売っていた。一番にマイラさんが反応し、屋台へと近づいていく。


「おじさん、何売ってるのー?」


「ポルティア名物・魚のマリネだ。この街に来たら、これを食わなきゃ話にならねぇ」


 そう言って彼が見せてきたのは、器に入った魚料理だった。色とりどりの野菜も一緒に添えられていて、見た目も鮮やかだ。


 かかっているソースなのか、どこか酸っぱいような香りもする。


「おいしそうだけど……ごめんねぇ、あたしたち、さっきお昼ご飯食べてきちゃったんだー」


「まぁそう言わずに。四人で分けりゃ、大した量にはならない。野菜をおまけしてやってもいいぜ?」


「うーん……おじさん、ごめん! やっぱりお腹いっぱいのまま食べちゃ、せっかくの料理がかわいそうだよ。少し散歩して、お腹減らしてからまた来るね!」


 マイラさんは胸の前で手を合わせると、そのままあたしたちを連れ立って歩き出した。


「あ、あの、本当にあとで買いに来るんですか?」


 屋台からある程度離れたところで、わたしはそう尋ねてみる。


「そんなわけないよー。ああ言っておけば無理に引き止められないでしょ?」


 手にした飲み物を口にしてから、彼女は言った。


 さすがマイラさんだ。もしわたしが声をかけられていたら、強引さに負けて料理を買っていたかもしれない。


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