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第10話『薬師、海辺の工房を訪れる』


「こんにちはー!」


 入店を知らせる鈴を勢いよく鳴らしながら、スフィアはフランティオ工房の扉をくぐる。


 彼女に手を引かれたままのわたしも、当然その後に続くことになる。


「いらっしゃー……見ない顔だな。よそ者か?」


 薬材やくざいの独特な香りが鼻をつくのと同時に、奥から気だるげな声が飛んできた。


 見ると、茶色の短髪に無精髭を生やした中年の男性がカウンターに頬杖をついている。


「はい! よそ者です! ちょっと工房長さんのお耳に入れたいことがありまして!」


 スフィアはそう元気に答え、声の主のほうへずんずんと近づいていく。


 ……この子はどうして、ここまで物怖じしないのだろう。あの男の人、なんか怖そうだし、せめてマイラさんを連れて出直したほうが……。


 そんなことを考えている間にも、わたしは引きずられるようにカウンター前へと移動する。


「工房長は俺だが、何を耳に入れたいって?」


「実はですね。私たち、こちらで薬を買ったおじいさんとお会いしたのですが……」


 わたしが止める間もなく、スフィアは事の詳細を話していく。


「心臓の薬……あー、ローダリーのじーさんか」


 彼女の話を聞き終えた彼は、眉間にシワを寄せながらため息を漏らす。


「その人が、副作用に苦しんでいまして。体にあった薬を調合してあげてほしいんですが」


「お嬢ちゃん、気にする必要ねーよ。あのじーさん、そう長くねぇから。やるだけ手間だろ」


「え……」


 続く工房長の言葉に、わたしとスフィアは唖然としてしまった。


 いやいやいや、いくらなんでも、子どもに対してその言い方はないと思う。


「……あ、あの。その言い方は、やめたほうがいいかと」


「だって事実だしなぁ」


 思わずそう口にするも、彼は悪びれる様子もなかった。


「じ、事実だとしても、相手は子どもですよ。それにその、手の施しようがないにしろ、患者さんの苦しみを少しでも和らげてあげるのが、薬師やくしの努めだと思いますが」


「……あんた、何様だ?」


「ひっ」


 口から出るに任せていると、ぎろりと睨みつけられ、わたしは反射的に後ずさる。


「エリン先生は、国家公認工房の看板薬師なんですよ! 言うことを聞いたほうがいいです!」


「ちょ、ちょっとスフィア」


 簡単に素性を話してしまったスフィアを咎めるも、一度口から出た言葉は戻らない。


「へぇ。あんたみたいなおどおどした性格でも看板薬師になれるんだな……女だし、色仕掛けでも使ったのか?」


「そ、そんなことはしていませんっ……」


 彼はなんともいやらしい笑みを浮かべながら言う。恥ずかしさと恐怖で、わたしは声が震えた。ま、負けるなエリン。頑張れエリン。


「と、とにかく、そちらの薬は副作用も強いですし、薬材の品質も怪しいです。早いうちに手を打たないと、そのうち大変なことになりますよ」


「そう言われてもなぁ。俺も最近店を継いだばっかなんだ。親父が急に倒れちまって、大変なんだぜ」


 そう言った彼が指差す先には、額に入った委任状が置かれていた。


 そこに書かれている薬師免許のランクは『指定工房内・二級薬師』。つまり、工房の経営を続けるために彼の父親から暫定的に渡された免許で、この工房でしか効力を発揮しない。


 それでいて二級相当ということは、彼の実力はかなり低いと思われる。


「そうだ。うちも人手不足なんだよ。そこまで言うんなら、先生がうちで働いてくれないか。夜の相手もしてくれたら、給料弾むぜ」


「夜の……? 夜勤でもあるんですか?」


「お、おおお、お断りします!」


 続く工房長の言葉にスフィアが首を傾げる一方で、わたしは目を白黒させる。


「ス、スフィア、帰りますよ! こんなところにいたら、教育に悪いです!」


 それからスフィアの手を取って、逃げるように工房を飛び出す。


 薬師工房として患者さんのことを全く考えないばかりか、あの態度はなんなのだろう。


 これだけ大きな街の薬師工房だから、何かしらの対応をしてくれるのではないかと期待していたのに。わたしはすっかり失望してしまったのだった。


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