休憩を終えて、再び遊び始める皆を尻目に、わたしは一人ミレー貝を探す。
わたしの本来の目的はこの貝の採取だし、ようやく本腰を入れることができる。
「……あれ?」
けれど、いくら探してもそれらしい貝は見つからなかった。
ミレー貝はその貝殻が薬になるだけでなく、中身もおいしく食べることができるので、場所によっては乱獲されてしまう可能性もあるけど……ここはプライベートビーチだ。荒らされている可能性はないと思ったのだけど。
首を傾げながら波打ち際を探してまわり、時折砂を掘り返してみるも、それらしい貝は見つけられなかった。
「あ、あの、ミレー貝、全然いないんですが」
わたしはエドヴィンさんのもとへ向かい、おずおずと尋ねてみる。
「おかしいですね……もしかすると、今年は潮の流れが違うのかもしれません」
イアン様の近くに控えるエドヴィンさんは、海のほうを見ながらそう口にした。
「ということは、ミレー貝は手に入らないと……?」
「いえ、繁殖地が違っているだけでしょう。ここではなく、街の反対側の浜辺に行けば確保できるかと」
思わず肩を落とすも、エドヴィンさんはそんな言葉を返してくれる。
「そ、そうですか……うん?」
一瞬安堵するも、彼の言葉が少し引っかかった。
「ま、街の反対側……と言うと、まさか」
「ええ。一般の方々に開放されている浜辺になります。ここと違って賑やかですし、一度足を運んでみてはいかがですかな」
「ありがとうございます。貝は諦めます」
わたしは深々と頭を下げたあと、そそくさと帰り支度を始める。
人がたくさんいる場所に行くだけでも緊張してしまうというのに、浜辺はそれこそ、距離感がおかしい人たちというか、眩しい人種が集う場所と聞いている。
貝の採集に行くとしても、わざわざ昼間に行く必要はない。そういう人たちが帰ってしまったあと、こっそりと行くことにしよう。
「へー、街の反対側にも浜辺があるんだね!」
その時、わたしとエドヴィンさんのやり取りを聞いていたのか、マイラさんたちが瞳を輝かせていた。
「はい。そちらは人も多く、飲み物や軽食を販売する店も数多く出ていると聞いています」
「エリンさん、せっかくだし行ってみようよ! ここもいいけど、賑やかな場所もいいよね!?」
……いえ、よくないです。
「エリン先生、私、どんなお店があるのか気になります!」
……わたしは気になりません。
太陽に負けない笑顔で言うマイラさんとスフィアに対し、脳内でそう突っ込むも……実際には口にできず。
助け舟を出してくれないかと、彼女たちの背後に立つクロエさんを見るも……他の二人と同じ笑みをたたえるだけだった。
「というわけで、皆で行ってみよう!」
どういうわけなのかさっぱり理解できないうちに、わたしは左右の手を掴まれる。
「いえ、あのあの……」
そして一切弁解できないまま、ずるずると引きずられていった。
それからわたしたちは、もう一つのビーチを目指しで街の中を進む。
場所が場所だけに貴族のお二人は同行できなかったけど、賑やかな街の様子に、わたし以外の三人ははしゃいでいた。
「見てください。あれはお土産物屋さんでしょうか?」
「観光案内所……って書いてありますね。これだけ大きな街ですし、観光名所も多いのかもしれません」
「あっちにはフルーツジュースのお店があるよ! 暑いし、皆で飲んでく?」
多くの人が行き交う街の喧騒に負けないように、三人は声を弾ませる。
そんな彼女たちの後ろに隠れるようにして歩みを進めていると、道行く人々の恰好が気になった。
薄い上着をはおりつつも、皆が皆、移動中も水着だった。
常に暑い海辺の街ならではの光景だとは思うけど、皆、恥ずかしくないのかな。
わたしたちも同じような上着を着ているけど、正直言ってスケスケで、目隠しとしてはまったく意味をなしていない。
……やっぱり恥ずかしすぎる。暑くてもいいから、普通の服が着たい。
そうこうしていると、目的の浜辺にたどり着いた。
「はうっ……」
そして目の前に広がる光景を見た時、わたしは立ち眩みがした。
砂浜の至る所に人の輪ができていて、それはどれもが友人知人の集まりのよう。
売店で買ったらしい飲み物を片手に、波音に負けない声量で会話に花を咲かせていた。
とにもかくにも人が多い。下手をしたら王都の帰宅時間帯より混んでいるかもしれない。
先程までのプライベートビーチとは似ても似つかぬ状況だった。
「お、キミたち、この街は初めてかい?」
「よかったら、俺たちが案内してあげようか?」
……その時、さっそく何か寄ってきた。
いい感じに日焼けした、男の人が二人。これはあれだろうか。いわゆるガールハントというやつだろうか。
「あー、そういうのは間に合ってますのでー」
直後、クロエさんが営業スマイルでそれを一蹴する。
商人気質もあるのか、笑顔ながら凛とした態度で、はっきりと断っていた。
「そ、そう? 残念だなぁ」
そんな彼女に気圧されたのか、男性たちはすごすごと退散していく。
「うわー、ああいう人、本当にいるんだねぇ」
「スフィアちゃんの教育に悪いので、やめてほしいんですけどね」
首を傾げるスフィアを横目に、クロエさんたちが言う。
「お、可愛い子たち発見―!」
その矢先、また別の男性が馴れ馴れしく近づいてきた。
けれど、再び営業スマイルのクロエさんが鉄壁の守りを見せ、男性は撃退されていった。
……その後も、何人もの男性がわたしたちに声をかけてくるも、その全てをクロエさんは追い返していた。
「困ったものですね。エリンさん、かわいいですから、狙われてますよ?」
「は、はい?」
そして何人目かわからない男性を追い返した時、クロエさんはため息まじりに言った。
「い、いやいや、なんでわたしなんですか。それこそ、クロエさんやマイラさんを狙ってきたんじゃないですか」
「違いますよー。あの人たち、皆エリンさんを見てましたよー?」
からからと笑いながら、クロエさんが言う。
「そ、そんな。わたしなんて、スライムが水着着て歩いているようなものですよ。なにかの間違いでは?」
「だーかーらー、必要以上に自分を
「あああーー!」
思わずそんなことを口にした直後、マイラさんがわたしの羽織っていた上着を取り上げる。
「ちょ、ちょっとマイラさん、返してください……」
「むー、あたしたちの誰よりも立派なもの持ってるんだから、もっと堂々としてればいいのに」
抱くように体を隠し、そう懇願するも……マイラさんは苦笑いを浮かべるばかり。上着を返してはくれなかった。
「ところでエリン先生、探している貝って、どんなのですか?」
「え? えっと、このくらいの大きさの二枚貝です。日に当てると貝殻がピンク色の光沢を放つので、すぐにわかるかと」
続いてスフィアに問われ、わたしは手のひらを広げつつそう説明する。
「りょーかい! それじゃ、皆で手分けして探そう!」
「そうですね! 固まって探すより、散らばったほうが効率いいですし!」
その直後、わたし以外の三人はそう言って握りこぶしを作る。
……え、この状況で、ひとりになれと? それだけは絶対に嫌だ。
「い、いえその、貝はまだいいので、えっと……」
しどろもどろになりながらそう告げると、三人は揃って頭の上に疑問符を浮かべていた。
「も、もう少し、皆と一緒に遊びたいな、なーんて……」
ひきつった笑顔と一緒に口から出たのは、そんな言葉だった。
「そうだったんですね! そうならそうと、早く言ってくださいよ!」
「わひゃ!?」
言うが早いか、スフィアが嬉しそうに抱きついてきた。
「本当だよー。それじゃ、まずはお店巡り! あのお店、気になってたんだー」
「そうですねー。レシャプの実を使ったジュースって、どんなのでしょうか」
スフィアに手を引かれるわたしの後ろを、マイラさんとクロエさんがニコニコ顔でついてくる。
……身から出た錆とは言え、これはもう逃げられそうもない。
人も多いことだし、ミレー貝は夕方から夜にかけて、ほそぼそと集めることにしよう。
楽しそうな三人に囲まれながら、わたしはそう決めたのだった。