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第8話『薬師、陽キャの巣窟へ向かう』


 休憩を終えて、再び遊び始める皆を尻目に、わたしは一人ミレー貝を探す。


 わたしの本来の目的はこの貝の採取だし、ようやく本腰を入れることができる。


「……あれ?」


 けれど、いくら探してもそれらしい貝は見つからなかった。


 ミレー貝はその貝殻が薬になるだけでなく、中身もおいしく食べることができるので、場所によっては乱獲されてしまう可能性もあるけど……ここはプライベートビーチだ。荒らされている可能性はないと思ったのだけど。


 首を傾げながら波打ち際を探してまわり、時折砂を掘り返してみるも、それらしい貝は見つけられなかった。


「あ、あの、ミレー貝、全然いないんですが」


 わたしはエドヴィンさんのもとへ向かい、おずおずと尋ねてみる。


「おかしいですね……もしかすると、今年は潮の流れが違うのかもしれません」


 イアン様の近くに控えるエドヴィンさんは、海のほうを見ながらそう口にした。


「ということは、ミレー貝は手に入らないと……?」


「いえ、繁殖地が違っているだけでしょう。ここではなく、街の反対側の浜辺に行けば確保できるかと」


 思わず肩を落とすも、エドヴィンさんはそんな言葉を返してくれる。


「そ、そうですか……うん?」


 一瞬安堵するも、彼の言葉が少し引っかかった。


「ま、街の反対側……と言うと、まさか」


「ええ。一般の方々に開放されている浜辺になります。ここと違って賑やかですし、一度足を運んでみてはいかがですかな」


「ありがとうございます。貝は諦めます」


 わたしは深々と頭を下げたあと、そそくさと帰り支度を始める。


 人がたくさんいる場所に行くだけでも緊張してしまうというのに、浜辺はそれこそ、距離感がおかしい人たちというか、眩しい人種が集う場所と聞いている。


 貝の採集に行くとしても、わざわざ昼間に行く必要はない。そういう人たちが帰ってしまったあと、こっそりと行くことにしよう。


「へー、街の反対側にも浜辺があるんだね!」


 その時、わたしとエドヴィンさんのやり取りを聞いていたのか、マイラさんたちが瞳を輝かせていた。


「はい。そちらは人も多く、飲み物や軽食を販売する店も数多く出ていると聞いています」


「エリンさん、せっかくだし行ってみようよ! ここもいいけど、賑やかな場所もいいよね!?」


 ……いえ、よくないです。


「エリン先生、私、どんなお店があるのか気になります!」


 ……わたしは気になりません。


 太陽に負けない笑顔で言うマイラさんとスフィアに対し、脳内でそう突っ込むも……実際には口にできず。


 助け舟を出してくれないかと、彼女たちの背後に立つクロエさんを見るも……他の二人と同じ笑みをたたえるだけだった。


「というわけで、皆で行ってみよう!」


 どういうわけなのかさっぱり理解できないうちに、わたしは左右の手を掴まれる。


「いえ、あのあの……」


 そして一切弁解できないまま、ずるずると引きずられていった。



 それからわたしたちは、もう一つのビーチを目指しで街の中を進む。


 場所が場所だけに貴族のお二人は同行できなかったけど、賑やかな街の様子に、わたし以外の三人ははしゃいでいた。


「見てください。あれはお土産物屋さんでしょうか?」


「観光案内所……って書いてありますね。これだけ大きな街ですし、観光名所も多いのかもしれません」


「あっちにはフルーツジュースのお店があるよ! 暑いし、皆で飲んでく?」


 多くの人が行き交う街の喧騒に負けないように、三人は声を弾ませる。


 そんな彼女たちの後ろに隠れるようにして歩みを進めていると、道行く人々の恰好が気になった。


 薄い上着をはおりつつも、皆が皆、移動中も水着だった。


 常に暑い海辺の街ならではの光景だとは思うけど、皆、恥ずかしくないのかな。


 わたしたちも同じような上着を着ているけど、正直言ってスケスケで、目隠しとしてはまったく意味をなしていない。


 ……やっぱり恥ずかしすぎる。暑くてもいいから、普通の服が着たい。


 そうこうしていると、目的の浜辺にたどり着いた。


「はうっ……」


 そして目の前に広がる光景を見た時、わたしは立ち眩みがした。


 砂浜の至る所に人の輪ができていて、それはどれもが友人知人の集まりのよう。


 売店で買ったらしい飲み物を片手に、波音に負けない声量で会話に花を咲かせていた。


 とにもかくにも人が多い。下手をしたら王都の帰宅時間帯より混んでいるかもしれない。


 先程までのプライベートビーチとは似ても似つかぬ状況だった。


「お、キミたち、この街は初めてかい?」


「よかったら、俺たちが案内してあげようか?」


 ……その時、さっそく何か寄ってきた。


 いい感じに日焼けした、男の人が二人。これはあれだろうか。いわゆるガールハントというやつだろうか。


「あー、そういうのは間に合ってますのでー」


 直後、クロエさんが営業スマイルでそれを一蹴する。


 商人気質もあるのか、笑顔ながら凛とした態度で、はっきりと断っていた。


「そ、そう? 残念だなぁ」


 そんな彼女に気圧されたのか、男性たちはすごすごと退散していく。


「うわー、ああいう人、本当にいるんだねぇ」


「スフィアちゃんの教育に悪いので、やめてほしいんですけどね」


 首を傾げるスフィアを横目に、クロエさんたちが言う。


「お、可愛い子たち発見―!」


 その矢先、また別の男性が馴れ馴れしく近づいてきた。


 けれど、再び営業スマイルのクロエさんが鉄壁の守りを見せ、男性は撃退されていった。


 ……その後も、何人もの男性がわたしたちに声をかけてくるも、その全てをクロエさんは追い返していた。


「困ったものですね。エリンさん、かわいいですから、狙われてますよ?」


「は、はい?」


 そして何人目かわからない男性を追い返した時、クロエさんはため息まじりに言った。


「い、いやいや、なんでわたしなんですか。それこそ、クロエさんやマイラさんを狙ってきたんじゃないですか」


「違いますよー。あの人たち、皆エリンさんを見てましたよー?」


 からからと笑いながら、クロエさんが言う。


「そ、そんな。わたしなんて、スライムが水着着て歩いているようなものですよ。なにかの間違いでは?」


「だーかーらー、必要以上に自分を卑下ひげしない! てりゃ!」


「あああーー!」


 思わずそんなことを口にした直後、マイラさんがわたしの羽織っていた上着を取り上げる。


「ちょ、ちょっとマイラさん、返してください……」


「むー、あたしたちの誰よりも立派なもの持ってるんだから、もっと堂々としてればいいのに」


 抱くように体を隠し、そう懇願するも……マイラさんは苦笑いを浮かべるばかり。上着を返してはくれなかった。


「ところでエリン先生、探している貝って、どんなのですか?」


「え? えっと、このくらいの大きさの二枚貝です。日に当てると貝殻がピンク色の光沢を放つので、すぐにわかるかと」


 続いてスフィアに問われ、わたしは手のひらを広げつつそう説明する。


「りょーかい! それじゃ、皆で手分けして探そう!」


「そうですね! 固まって探すより、散らばったほうが効率いいですし!」


 その直後、わたし以外の三人はそう言って握りこぶしを作る。


 ……え、この状況で、ひとりになれと? それだけは絶対に嫌だ。


「い、いえその、貝はまだいいので、えっと……」


 しどろもどろになりながらそう告げると、三人は揃って頭の上に疑問符を浮かべていた。


「も、もう少し、皆と一緒に遊びたいな、なーんて……」


 ひきつった笑顔と一緒に口から出たのは、そんな言葉だった。


「そうだったんですね! そうならそうと、早く言ってくださいよ!」


「わひゃ!?」


 言うが早いか、スフィアが嬉しそうに抱きついてきた。


「本当だよー。それじゃ、まずはお店巡り! あのお店、気になってたんだー」


「そうですねー。レシャプの実を使ったジュースって、どんなのでしょうか」


 スフィアに手を引かれるわたしの後ろを、マイラさんとクロエさんがニコニコ顔でついてくる。


 ……身から出た錆とは言え、これはもう逃げられそうもない。


 人も多いことだし、ミレー貝は夕方から夜にかけて、ほそぼそと集めることにしよう。


 楽しそうな三人に囲まれながら、わたしはそう決めたのだった。



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