その後、水着に着替えさせられたわたしは、皆と一緒に浜辺で遊ぶことになった。
「エリンさん、一緒に泳ごうよ!」
「あぶぶぶぶ……」
いの一番にマイラさんから海に引っ張り込まれるも、叔父一家によって長い間閉じ込められていたわたしは海に行ったことなんてなく、当然のように泳げなかった。
「そ、そうです。四人いますし、ボールを使った遊びをしましょう!」
マイラさんに抱えられて岸に戻ってきたわたしを見て、クロエさんが取り繕うように言う。
ボール遊びも海では定番の遊びらしいけど、普段全く運動しないのもあって、スフィアにすら太刀打ちできず。投げつけられたボールが顔面を直撃し、すごく恥ずかしい目に遭ってしまった。
プライベートビーチで、自分たち以外には人がいないのがせめてもの救いだった。
「ふへぇ……」
その後も色々な遊びをし、わたしは疲労困憊で日傘の下に戻ってくる。
「皆さん、変わった遊びをたくさんご存知ですね」
そんなわたしの傍らで、オリヴィア様は笑顔だった。
平民にとっては定番の遊びも、貴族様にとっては新鮮に映るのかもしれない。
「その、オリヴィア様たちは普段、海でどんなことをされているんですか」
少し気になったので、遠慮がちにそう尋ねてみる。
「そうですね……波の音を聞きながら読書をしたり、フルーツジュースを飲んだりしています。夜に星を見ることもありますね」
優雅だ……。
なんというか、海での過ごし方一つとっても、わたしたちとは違う。
「……でも、皆と一緒に遊びたいって気持ちも少しはあるかな」
そんなことを考えていた時、イアン様の声がした。
彼は本を片手に、どこか寂しそうにスフィアたちを見ていた。
だいぶ良くなってきているとはいえ、イアン様は体が弱い。それもあって、本人も体を動かすことを躊躇しているのだろうか。
せっかく海に来ているのだし、一緒に楽しんでほしいところだけど。
「皆様、少し休憩になさいませんか」
その時、エドヴィンさんが人の頭より大きなフルーツを持ってやってきた。
「あ、それってレシャプの実ですか?」
珍しい果物にわたしが目を丸くしていると、日傘の下へやってきたクロエさんが声を弾ませる。
あれはこの地方特有の果物で、独特な縞模様が特徴的だ。水分をたっぷり含んだ果肉は甘く、夏の水分補給として最高なのだ。
中に無数の種があるのが玉にキズだけど、地域によっては種を薬として使うこともあるそう。
「大きな果物ですねぇ……そのナイフで切れるんですか?」
「はは、多少力が必要ですが、大丈夫ですよ」
目を丸くしながらスフィアが問う。それを聞いたエドヴィンさんは笑顔を見せ、その表面にナイフを入れる。
けれど、刃はそれ以上進まなかった。エドヴィンさんは何度か力を入れ直すも、やがて諦め顔でナイフを引き抜いた。
「……別荘の管理をしていた者が、ナイフの手入れを怠っていましたかね。今すぐ、代わりの果物をご用意します」
「あ、待ってください」
レシャプの実を手に立ち去ろうとしたエドヴィンさんを、クロエさんが呼び止める。
「旅の商人さんから聞いたのですが、はるか東の島国では、夏になるとレシャプの実を使った儀式が行われるそうです」
「はて、儀式ですか?」
「はい。目隠しをした状態で仲間たちに誘導してもらい、レシャプの実を棒で叩き割るそうです。最初に叩き割った者には、幸運が訪れるのだとか」
「……変わった儀式ですな」
クロエさんの説明を聞いて、エドヴィンさんは手元のレシャプの実をしげしげと眺める。
「儀式としてもそうですが、仲間たちと一緒に行うことで一体感や絆を感じることができ、非常に盛り上がるそうです」
そこまでの話を聞いて、わたしはあることを思いついた。
一瞬躊躇したあと、わたしは勇気を出してそれを口にする。
「あ、あの、その儀式、皆でやってみませんか。できたら、イアン様たちも」
「え、わたくしたちもですか?」
「そ、そうです。平民の遊びをするのも、社会勉強になるかと」
わたしがそう続けると、オリヴィア様はなんとも言えない顔でエドヴィンさんへ視線を送る。
「あああ、出しゃばってしまってすません。忘れてください」
「いえ、せっかくですし、やってみたいですわ」
微妙な反応に思わず砂の上に平伏していると、オリヴィア様は笑顔で立ち上がった。
「エドヴィン、せっかくですし、イアンも参加していいでしょう?」
「そうですね……激しく動くものでなければ、少しくらいでしたら」
「よかったです! イアン様、一緒にやりましょう!」
エドヴィンさんが言うが早いか、スフィアは笑みを浮かべてイアン様の手を取っていた。
予想外だったのか、イアン様は目を見開いている。
「目隠しはこのタオルを使いましょう。あとは木の棒が必要なんですが……」
「クロエさん、これでいいー?」
その直後、マイラさんが少し離れた場所で立派な木の棒を振り回していた。
「十分ですよー。他に必要なものは……」
わたしの発言を皮切りに、とんとん拍子に準備が進められていく。
申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつ、わたしもその準備を手伝ったのだった。
やがて用意が整い、レシャプの実を使った儀式が始まった。一番手はイアン様だ。
「右ですよー」
「あ、もう少し左です!」
目隠しをしたあと、スフィアたちからの指示を受けながらじわじわと前に進んでいく。
オリヴィア様とエドヴィンさんがハラハラした様子で見守っていたけど、一面砂浜だし、もし転けてもケガはしないだろう。
「……あ、イアン様、そこです!」
「せいっ!」
スフィアが叫んだ直後、イアン様が持っていた棒を振り下ろす。
それはレシャプの実を直撃したものの、弾き返されてしまっていた。
狙いは良かったけど、力が足りなかったみたいだ。
「手応えはあったんだけどな。うーん、もっと腕力をつけないと駄目だね」
目隠しを外して状況を把握したイアン様は悔しそうな顔をしつつ、日傘の下に戻ってきた。
「じゃあ、次は私が頑張ります!」
そんなイアン様から目隠しと棒を手渡されたスフィアは、意気揚々とレシャプの実のほうへ駆けていく。
「今度はスフィアちゃんだねー。頑張れー」
そして同じように皆から誘導されたあと、思いっきり木の棒を振り下ろす。
「うりゃあーー! って、わーーー!?」
その一撃は豪快に砂を叩き、スフィアはその勢いのまま、砂の上にひっくり返る。
「わ、スフィアちゃん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。実際にやってみると、すごく難しいです。ぺっぺっ」
慌てて目隠しを外したあと、口に入ってしまった砂を吐き出しながらスフィアは言う。
「……それでは、わたくしが挑戦してみますわ」
とぼとぼと戻ってきたスフィアから次に目隠しを受け取ったのは、オリヴィア様だった。
「イアンとスフィアちゃんの仇を取らせてもらいます」
眼光鋭くレシャプの実を睨みつけながら、彼女は言った。
仇って。色々と大袈裟すぎるような。
「……いざ、参ります」
そうこうしているうちに、オリヴィア様は目隠しをし、レシャプの実と対峙する。棒の握りが、妙にさまになっていた。
「あ、あの、オリヴィア様って、もしかして」
右だ左だと誘導されるのを半分聞き流しながら、わたしはエドヴィンさんに小声で尋ねてみる。
「ええ、貴族ですから、当然剣術も嗜んでおられますよ。演舞会で入賞されたこともございます」
「オリヴィア様、そこですよー!」
「はぁっ!」
……その矢先、掛け声とともに棒が振り下ろされた。
腰の入った、見事な一撃。どごっ、みたいな音がして、レシャプの実は真っ二つに割れていた。
「オリヴィア様、お見事です」
一瞬の静粛のあと、エドヴィンさんの声が静かに響いた。
……オリヴィア様、まさか剣術の心得があったなんて。
まさかの展開に、わたしはただただ驚くばかりだった。
……その後、割ったレシャプの実を皆で食べる。
ナイフで切り分けた時と違って形は歪だけど、謎の達成感があった。
「おいしいですー」
「本当ですね。なんだか、いつも食べる果物よりおいしい気がします」
スフィアとオリヴィア様は、そう言って顔を見合わせる。
どちらも口のまわりを果汁でべとべとにしていたけど、揃って幸せそうな顔をしていた。
その様子を見ていると、同じく口のまわりを汚したイアン様と目が合った。
直後、彼は年相応の笑顔を見せてくれる。
その表情を見て、わたしは勇気を出してよかったと、心から思ったのだった。