「私が爵位を得ることができたのは、セドオアの助力が非常に大きかった。だからこそ、旧恩に報いねばなるまい……そう思ったのだ」
それから父との思い出話をしてくれた伯爵様は、最後にそう締めた。
「実に興味深いお話でしたわ。わたくしたちが生まれる前に、そのような出来事があったなんて」
オリヴィア様やイアン様も初めて聞く内容だったようで、まるで英雄の冒険譚を聞き終えたあとのような表情をしていた。
一方のわたしは時折相槌を打っていたものの、終始緊張しっぱなしだった。
伯爵様が父の親友とわかったところで、わたしの性格上、緊張感がなくなるわけがなかった。
◇
その後、半日ほど馬車を走らせ、川の近くに来たところで一旦休憩となる。
「このあとはまた日が暮れるまで馬車に揺られるのだ。各自、十分な食事と休息を取ってくれ」
馬車での長距離移動が商隊を率いていた頃を思い出させるのか、伯爵様は嬉々として指示を出してくれる。
そこに貴族としてのオーラはなく、他の皆もどこか開放的な雰囲気に包まれていた。
それからエドヴィンさんが用意してくれた食事を堪能したあと、わたしは皆から少し離れた木陰に移動し、愛用の
せっかくだし、皆のために食後の
まずはジャールの根とスイートリーフ、パープルアイを用意して粉にしていく。
それを煮出してから、しっかりと冷ませば、とろみのついた液体ができる。
そこにハチミツを加えれば、疲労回復効果と血行促進効果を併せ持った、甘い薬湯が完成するのだ。
「……やはり、リーベルグ商会のご令嬢であったか」
「ご令嬢など、そんな大それたものではございません」
土瓶での煮出し作業を進めていると、少し離れたところから伯爵様とクロエさんの声がした。
「お父上はお元気か」
「はい。おかげさまで。今は遠方で商隊を率いています」
「はっはっは、相変わらず自ら動いているのだな。いい歳だろうに」
「本当です。娘の気も知らないで」
木の陰に隠れるようにしてその様子を覗き見ると、クロエさんは優雅な所作で伯爵様とお話をしていた。
普段は見せないけど、クロエさん、やっぱりお嬢様なんだ……。
そんなことを考えていた時、火にかけていた土瓶が盛大に吹きこぼれた。
「わ、わわわわわ」
外出先だから、火の調整がうまくいかなかったのかな……なんて思いつつ、土瓶に手を伸ばす。
「熱っ!」
直後に吹き出した蒸気に触れてしまい、驚いた拍子に土瓶をひっくり返してしまう。
がしゃんと大きな音がして、それまで聞こえていた会話が止まった。
「……これは何事だ?」
「わ、エリンさん、こんなところで何をしてるんですか?」
やがて姿を見せたクロエさんと伯爵様は、中身をぶちまけて地面に転がる土瓶と、その隣で顔面蒼白のわたしを交互に見て、驚きの声を上げていた。
「い、いえその、食後の薬湯を作ろうと思ったんですが……ご覧の通り、失敗してしまいまして」
「はっはっは。国家
「あうう、すみません。余計なことをしようとしたばかりに、貴重な
「気にするでない。それより、その手の火傷は大丈夫か?」
思わず萎縮してしまうも、伯爵様はそうわたしを気遣ってくれた。
「あっ、はい。濡らした布で冷やしておけば、すぐに良くなります。いざとなれば、塗り薬も作れますので」
「ほう、エリン殿の薬には、塗り薬もあるのか」
「な、軟膏の一種になりますが、月の花を使った炎症止めです。皮膚の病気のほか、火傷や虫刺され、切り傷にも効果があります」
わたしはそう答えると同時に、伯爵様の言葉に微妙な違和感を覚えていた。
「ほらほら、薬の説明もいいですが、手当しますよ!」
その違和感の正体に気づかぬうちに、わたしはクロエさんに近くの小川へと引っ張っていかれる。
「まだまだ時間はある。その薬湯とやら、楽しみにしているぞ」
そんな伯爵様の声を遠くに聞きながら、あとでスフィアの土瓶を借りて調合作業をしよう……なんて、わたしは考えたのだった。