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第1話『薬師、夏の暑さと戦う』


 わたしは薬師やくしエリン・ハーランド。


 ミランダ王国の城下町にある、国家公認工房で働いている。


 その工房の名は『エリン工房』。わたしはそこで、日々薬を作っていた。


 人見知りなわたしだけど、オーナーのミラベルさんをはじめ、工房の皆のおかげでなんとか生活できていた。


「ただいまー! あーつーいー!」


 今日も今日とて調合室にこもっていると、お店側の扉が勢いよく開き、マイラさんの叫び声がした。


「あっ、マイラさん、おかえりなさい……」


 カーテンの隙間から顔を出し、マイラさんを出迎えるも……彼女は全身汗だくになっていた。


 おずおずとタオルを手渡すと、気持ちよさそうに汗を拭っていく。


 その赤髪からも汗がしたたっていて、本当に暑そうだ。


「すっかり夏ですねぇ。はい、トマトどうぞ。井戸水で冷やしておきましたよ」


「クロエさん、ありがとー。はむっ」


 その声を聞きつけたのか、クロエさんが小さなカゴにトマトを載せてやってきて、そのうちの一つをマイラさんに手渡す。


「エリンさんも、ひとつどうぞ?」


「あっ、ありがとうございます……」


 わたしに向けて差し出された真っ赤なトマトを受け取ると、両手で持って一口かじる。


 なんとも言えない甘酸っぱさのあと、心地よい冷たさが喉を通り過ぎていく。


「エリンさんってば、その恰好で暑くないのー?」


 どっかりと椅子に座り込んだマイラさんが、ぱたぱたと胸元に風を送りながら言う。


 彼女もクロエさんも、見た目にも涼しそうな半袖姿だった。対するわたしは、これまでと変わらない長袖の割烹着姿だ。


「調合室って、窓もないよね? 絶対暑いと思うんだけど」


 わたしの全身を見ながら、マイラさんが苦笑する。


 確かに暑いのだけど……わたしはその、薄着が苦手なのだ。同性の前でも、肌を見せるのは正直恥ずかしい。


「ただいま戻りましたー!」


 その時、再び扉が開く音がして、元気な声が飛び込んできた。


 わたしの一番弟子であり、この工房の元気印、スフィアだ。


 薄手のワンピースと金髪のツインテールを揺らしながら、今の季節の太陽に負けない笑顔を見せていた。


「ふう。この暑さは堪えるな」


 そんなスフィアに続き、この工房のオーナーであるミラベルさんが姿を見せる。その顔は疲れ切っていた。


「お疲れ様です。買い物、無事に終わりましたか?」


 二人にも同じようにトマトを手渡しながら、クロエさんが問う。


「なんとかな。この調子だと、昼からはもっと暑くなりそうだし、午前中で済んでよかったよ」


 ミラベルさんはため息まじりに言い、持っていた荷物を床にどさりと置いた。


「ミラベルさん、手伝っていただいて、ありがとうございました!」


「気にするな。ただ、さすがに疲れた。午後からは誰か別の人間にお供を頼んでくれ」


「そうですね……すみませんが、どなたかお願いできませんか?」


 ミラベルさんの言葉に頷いたあと、スフィアはわたしたちの顔を見渡す。


 ……はて。スフィア、お昼からも何か用事があるのかな。


「あー、あたしはちょっと無理かなー。ほら、お店番もあるし」


「そうですねー。私もちょっと……お洗濯やお掃除、書類整理もしませんと」


 疑問に思っていると、マイラさんとクロエさんはあからさまに視線をそらした。


 ……この二人、何やら知っている様子だ。


「じゃあ……エリン先生、一緒についてきてもらえませんか?」


「いいですけど……スフィア、お昼からどこか行くんですか?」


「イアン様のところです!」


 わたしが尋ねてみると、スフィアはその赤い瞳を輝かせながら言った。


 イアン様とは、縁あって彼女と仲良くなった貴族の男の子だ。


 丘の上にある貴族街に住んでいて、そのお屋敷は絢爛豪華けんらんごうか。平民のわたしは中にいるだけで緊張してしまうし、マイラさんたちが敬遠していたのも納得だった。


「あー、その……わたしも調合の仕事が残っていたような……」


 スフィアの言葉を聞いた直後、わたしはおろおろしながらそう口走る。


 彼女には悪いけど、できたら同行したくない。人見知りのわたしは、人と会うと例外なく緊張してしまう。


 イアン様たちとはこれまで何度も会っているのだけど、こればっかりはなかなか治らない。


「大丈夫ですよ! 注文票にある薬は、全て完成しているようです! さっすがエリンさんですね!」


 その時、いつの間にか調合室に足を踏み入れていたクロエさんが、薬の入った袋と注文票を見比べながら満面の笑みを浮かべる。


 いやいやいやクロエさん、そこで助け舟いらないので……!


 内心そう思うも、口には出せず。わたしはあわあわしながら、両手を動かすことしかできなかった。


「それはよかったです! オリヴィア様も、エリン先生に会えるのを楽しみにしてましたよ!」


「そ、そうですか。わたしも楽しみです……」


 こうなると、わたしに断る勇気はない。


 がっくりとうなだれながら、心底嬉しそうなスフィアに相槌を打つのが精一杯だった。


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