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第17話『薬師、心を鬼にする』


 ずらりと並んだ薬棚の前に立ち、わたしは必要な薬材やくざいを取り出していく。


「エリン先生、どれが必要ですか?」


 見慣れない薬棚に手こずっていると、スフィアがそう声をかけてくる。


「こ、今回は、発汗作用を強めた熱冷ましを作ります。使うのは、スイートリーフ、グリーンオリーブ、アプリコットの種に、ビリビリ草です」


「ビリビリ草?」


 指を立てながら使用する薬材の名前を挙げていると、最後のところで彼女は首をかしげた。


「ビリビリ草は、茎を薬用にする植物です。口当たりは渋味と苦味が強く、舌にビリビリとしびれを感じるのが名前の由来です。これがそうですが、舐めてみますか」


「やめておきます……」


 近くの棚に目当ての薬材を見つけて差し出すも、メモを手にしたスフィアは首を横に振った。


「強い発汗作用があるほか、寒気や筋肉痛にも効果があります。また、グリーンオリーブと一緒に使うことで発汗作用が増強されますし、利尿作用も増します」


「エリン様、リニョーサヨーとはなんですか?」


「えっと、おしっ……たくさんお花を摘みに行きたくなるということです」


 いつしかスフィアと並んで説明を聞いていたオリヴィア様が、首を傾げながら訊いてくる。


 わたしは少し悩んだ末、足りない語彙力を振り絞ってそう答えた。


「そうなのですね……熱がある時は、とにかく水を出すことが大事だと」


 彼女は何度も頷いたあと、ごそごそと薬棚を漁りだす。


 エドヴィンさんはそれを見ながら、気が気でない様子だった。


「エリン様、アプリコットの種はこちらで良いですか」


 そうこうしていると、彼女は棚からいくつもの茶色い種を取り出し、手渡してくれる。


「えっ、あ、ありがとうございます。よくわかりましたね」


「ふふ、アプリコットはデザートでよく食べますから。これが薬になるのですね」


「そ、そうです。この種の中身を粉にして、砂糖とミルクを加えて作るお菓子もあります」


「あら、それはぜひエドヴィンに作ってもらいたいわね」


 彼女は感心しきりに言ったあと、エドヴィンさんへ視線を送る。彼はこめかみに手を当てていた。


 ……多少手間がかかる料理だけど、余計なことを言ってしまっただろうか。


 やがて薬材を揃えたあと、薬研やげんを用意してもらって、わたしはスフィアと手分けして粉砕作業を始める。


「うー、うまく体重が乗りません……」


 そんな中、彼女は普段と違う薬研を前に、四苦八苦していた。


 それはわたしも同じで、いつも使っているお父さんの薬研に比べて軽い分、どうしても粉砕作業に時間がかかってしまう。


 いつもと同じ感覚で使用すると、力が逃げるというか、重心が違うというか……うまく説明できないけど。


 これは本来エドヴィンさんの薬研だし、本人に合うようオーダーメイドされた品なのかもしれない。



「……オリヴィア様、そろそろお部屋でお休みになりませんか」


 慣れない薬研を手に必死に作業をしていると、エドヴィンさんがそう口にする。


 いつしか、かなりの時間が経過していた。


「嫌よ。薬ができるまで、ここにいるわ」


「またそのような……イアン様が心配なのは理解できますが、オリヴィア様まで体調を崩されたらどうするのです?」


「その時は、またエリン様の薬にお世話になります」


「だ、駄目ですよ。人間、健康が一番です」


 なんだか不穏な会話が聞こえたので、わたしは思わず口を挟む。


「わかりました……エリン様がそう仰るのでしたら、イアンのそばで眠ることにします」


 いやいや、それってわかってない。意味ないから、しっかり自室のベッドで休んで。


 そう心の中で思うも、言ったところで聞いてくれそうもなかったので、「イアン様がお目覚めになられたら、水分を多めに摂らせてあげてください」とだけ伝え、彼女の背を見送った。


 それからしばらくすると、いつしかエドヴィンさんの姿も見えなくなっていた。


 おそらく、わたしたちが調合に集中できるように配慮してくれたのだろう。


「あう……また砕きすぎました。失敗です」


 手を動かしながらそんなことを考えていた時、ビリビリ草の粉砕作業をしていたスフィアが、がっくりとうなだれた。


 今回の調合に使う4種類の薬材のうち、ビリビリ草とアプリコットの種の粉砕作業はスフィアに任せてある。


 この二つは力加減が特に難しく、やりすぎると粉々になって成分を煮出せなくなる。それでいて、ある程度の力がないと砕くことができないので、なかなかに大変なのだ。


「やっぱり、私はクズ師です……エリン先生、代わりに……」


「ス、スフィア。落ち込んでいる暇はないですよ。今この間も、イアン様は苦しまれているんですから」


「え?」


 明らかにわたしを頼ろうとしたスフィアの言葉を遮って、新たな薬材を彼女に手渡す。


 わたしがやってあげるのは簡単だけど、それだと彼女の成長に繋がらない。


「イアン様を助けることができるのは、わたしたちだけなんですから。お母さんのような、立派な薬師になるんでしょう?」


「……はい!」


 彼女は一瞬驚いた顔をするも、すぐに表情を引き締める。


 少し厳しめのことを言ってしまったかと後悔したものの、どうやら大丈夫なようだ。


 頑張れスフィア。負けるなスフィア……そんな小さな声が聞こえてくる。


 ……イアン様、薬の調合、もう少し時間がかかりますが、待っていてください。


 スフィアがきっと、最高の薬をお届けしますので。


 ◇


 少し時間はかかったものの、新しい熱冷ましの薬は無事に完成した。


 頃合いを見計らったかのように現れたエドヴィンさんに薬を手渡すと、その場で土瓶を使って煮出し、イアン様のもとへと運んでいった。


 ……それから明け方近くになって、ようやくイアン様の熱は引いた。


「姉さんから聞いたよ。二人が薬を作ってくれたんだってね」


 目を覚ました彼は汗にまみれた顔で微笑む。もう心配ないだろう。


「こ、今回はスフィアも頑張ってくれたのです。ぜひ、彼女を褒めてあげてください」


「そうなんだね。ありがとう、スフィア。おかげで楽になったよ」


 彼からお礼を言われたスフィアは、自身の胸に手を置きながら満ち足りた表情をしていた。


 それを見たわたしも、同じような充実感を覚えたのだった。


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