それからというもの、スフィアは毎日のようにイアン様に会いに行くようになった。
ミラベルさんいわく、自分の仕事や
なので、わたしも何も言わなかった。
その一方で、わたしたちはイアン様に処方する薬を作るため、その
いかんせん必要な種類が多いので、どうしても足りない薬材が出てくる。
というわけで、今日もわたしは皆に協力してもらいながら、西の森で採取を行っていた。
「エリンさん、オバケソウモドキというのは、これで合っているんですか?」
ミラベルさんと一緒に茂みから出てきたクロエさんが、手に持っていた植物を見せながら訊いてくる。
「あっ、いえ、それはオバケソウです。よく似ているのですが、今回の薬に使うのとは別の植物になります」
「そうですか……むむ、わかりにくいですねぇ」
「す、すみません。でも、オバケソウも薬材になりますので」
クロエさんは手元の植物を凝視しながら眉をひそめる。
細い茎の先に白い綿毛のような花がついたそれは、風が吹くとゆらゆらと大きく揺れる。
かつて、どこかの誰かがその様子をオバケと見間違えたことが由来となり、オバケソウという名前がついているのだ。
「エリンさーん! オッポ草って、これで合ってる!?」
その直後、反対側の茂みからマイラさんが勢いよく飛び出してきた。その手には薄緑色をした、毛玉のような花があった。
「あ、合ってます。マイラさん、ありがとうございます」
「へへー、この草は覚えたよ! 変わった見た目だしね!」
「そ、そうなんです。それこそ動物の尾っぽに見えるので、オッポ草という名前がついているんです」
「しかし、これが薬の材料になるとは誰も思わないぞ」
マイラさんの手にある草に視線を送りながら、ミラベルさんが怪訝そうな顔をする。
「オッポ草は虚弱体質や食欲不振に効果があります。解熱作用もあるので、熱冷ましに入れられることもあり、変わったところでは、おしりの薬にも……」
「わ、わかったわかった。相変わらず薬のことになると饒舌になるな」
「す、すみません」
つい熱弁を振るいかけたところを、ミラベルさんにたしなめられる。うう、恥ずかしい……。
「これで、残る薬材はいくつだ?」
「えっと、あとはオバケソウモドキだけですね。リクルル豆は街の市場でも買えますので」
わたしがそう告げると、ミラベルさんは安堵の表情を見せる。
今回、イアン様に作る薬は別名、薬の王様とも呼ばれるもので、使用する薬材は10種類。さすがに集めるのに時間がかかってしまった。
「なら、あと一息だな。最後は皆で探すとしよう。私たちでは見分けがつかないから、よろしく頼むぞ。エリン先生」
「は、はひ……!」
軽く背中を叩かれて、わたしは思わず背筋が伸びる。
生育場所はすでに見当がついているし、そこまで時間はかからないはずだ。
……その後、無事にオバケモドキを採取し、わたしたちは街へと戻った。
西日を受けてオレンジ色に染まりつつある市場を、皆と一緒に歩く。
「せっかくですし、夕飯の買い物をしていきましょうか。体力自慢の荷物持ちもいることですし」
「クロエさーん、荷物持ちって、あたしのことだよね? まだ持たせるつもりなの?」
「夕方になると、市場では在庫を抱えたくないお店の割引合戦が始まるので、買い時なんですよー。せっかくなので、保存が利くものはできるだけ買っておきたいんです」
すでに薬材が詰まった袋をかつぐマイラさんを横目に、クロエさんはクスクスと笑う。
「さすが商人志望、抜け目がないな……いいだろう。買い物は任せる」
その様子を見ながら、半ば呆れ顔でミラベルさんが頷く。
そろそろスフィアも工房に戻っている頃だろうし、今から買い物をして帰れば、ちょうど夕飯時だ。
「あっ、それなら、わたしはリクルル豆を買ってきます」
「え? 一緒に行こうよ」
「い、いえ、すぐに済みますので。買い物、していてください」
そのまま買い出しの流れになる中、わたしは一人皆の輪から外れる。
野菜売り場に行けばリクルル豆自体は売っているのだけど、それらは全てサヤから実を取り出して、量り売りされているもの。
薬材として使うのは実ではなくサヤのほうで、サヤつきのリクルル豆は、市場の端にあるお店にしか売っていないのだ。
「そ、それでは、行ってきます」
懐にお財布があるのを確認してから、わたしは皆とは反対方向へと歩いていく。
やがて見えてきたのは、おばあさんが一人で切り盛りする本当に小さなお店だった。
「こ、こんにちは。リクルル豆、ありますか」
「ああ、いらっしゃい。あるにはあるけど、ちょっとねぇ……」
勇気を振り絞って声をかけると、おばあさんはなんともいえない顔をした。
「え、どうしたんですか」
「一袋でねぇ、250ピールもするんだよ。サヤつきでだよ?」
するとそんな言葉が返ってきて、わたしは固まってしまう。
リクルル豆は普段、100ピールほどで買える。それが倍以上になっているなんて、どういうこと?
「あ、あの、なんでこんなに高いんですか? ここのところ、ずっと天気も良かったですよね?」
「商人さんがねぇ。一袋200ピールじゃないと売れないって言うんだよ。値上がりしてるんだってさ」
おばあさんはため息まじりに言って、「これでも、うちも頑張らせてもらってるんだよ。原価ギリギリさ」と続けた。
「……わ、わかりました。それ、買わせてください」
「おや、いいのかい? もう一度言うけど、サヤつきなんだよ? 食べられる部分は、かなり少ないよ?」
「か、構わないです。むしろ、サヤのほうを使うので」
そう伝えるも、おばあさんは首を傾げていた。
説明し始めると長くなると思ったわたしは、すぐさま代金を支払い、お店をあとにする。
「予想外の出費だったけど、薬を作るためだし、仕方ないよね」
青々としたリクルル豆の入った袋を見つめながら、自分を納得させるように呟く。
……それにしても、どうして急にリクルル豆の値段が上がったんだろう。
この街ではスイートリーフに並んでポピュラーな食材だし、スープにキッシュにと、その用途も多彩だ。下手に価格が高騰すれば、家庭の食卓を直撃しかねない。
「あっ! エリン先生ー!」
そんなことを考えながら歩いていると、背後からスフィアの声がした。
「あれ、スフィアも市場に用事ですか?」
「違います! 追われているんです!
振り返りながら尋ねるも、そんな言葉が返ってきた。
……え、なにこの状況。いつか見た光景なんだけど。