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第11話『薬師、魔物に襲われる』


「見たところ、ウルフ系の魔物だな。数は……四体か」


 ミラベルさんが声を低くし、周囲へ睨みを利かせる。そんな彼女の視線の先に、草藪に身を隠す狼のような魔物が確認できた。


「うーん、そこまで森の奥に入ったつもりはなかったんだけどなー。群れのボスはいない感じだから、はぐれかな」


 一方のマイラさんはミラベルさんと反対方向を向き、どこか軽い口調で言う。


 その手には銀色の拳鍔けんつばがはめられていて、彼女も臨戦態勢のようだ。


 ちなみに、わたしとスフィアはそんな二人の間で、抱き合って震えていた。


 だって、薬師は基本戦えないし。


「エ、エリン先生……」


「お、お二人はお強いので、きっと大丈夫です」


 自分とスフィアにそう言い聞かせつつ、わたしは状況を見守る。


「ねえミラさん、あの魔物は火に弱そうだし、また炎の剣を使うの?」


「馬鹿者。森の中でそんなことをすれば火事になるだろう。ここは風だな。なるべく広範囲を狙うが、状況が状況だ。討ち漏らしも出るだろうから、その時はマイラ、任せたぞ」


「りょーかいです!」


 手短に作戦を伝えあった直後、ミラベルさんの持った剣が緑色の風をまとい始める。


 次の瞬間、彼女は半弧はんこを描くように剣を一閃。前方の木々とともに、二体の魔物が宙を舞い、細かい風の刃で切り刻まれていく。


 ミラベルさんは魔法剣士だし、あれもおそらく風の魔法の一種なのだろう。


 そのあまりの威力に、かろうじて攻撃を免れた魔物も怖気づいているように思える。


「……ガウゥ!」


 その矢先、その内の一体が勇み足で飛びかかってくるも、待っていたとばかりにマイラさんが迎撃する。素早く距離を詰めると、その横っ腹を殴打した。


 鮮やかな攻撃を受けた魔物は大きく吹き飛ばされ、遠くの木に激突。動かなくなった。


「グルルル……」


 一連の流れを見て力量の差を感じたのか、残りの魔物は文字通り尻尾を巻いて逃げ出していった。


「……ふう。こんなものだな」


「数は多かったけど、あっけなかったねー」


 魔物の気配が消えたからか、二人はそれぞれ安堵の表情を見せる。さすがの頼もしさだ。


「あ、ありがとうございます。おかげで、助かりました」


「お二人とも、お強いんですね!」


「ありがとー。もっと褒めてくれていいよ!」


「マイラ、調子に乗るな。これも我々の勤めだからな」


 わたしとスフィアが抱き合ったままお礼を言うも、二人はまだまだ余裕そう。


 そんな彼女たちを見ながら、わたしもただ守られているわけにはいかない……と、心のどこかで思ったのだった。



 森から戻ると、さっそくモグラダケを薬材やくざいにして薬を完成させた。

できあがった薬を袋に詰めてミラベルさんに渡したあとも、わたしは調合室に残り、作業を続けていた。


「エリンさん、まだ作業をされていたんですね」


 そこへ、クロエさんがやってきた。その手にほうきを持っているところからして、掃除に来てくれたらしい。


「あっ、はい……ちょっと、実験的な薬を作ろうかと」


「実験的な薬?」


 薬研やげんを手にしたまま、顔だけを向けて答えると、クロエさんは首をかしげた。肩ほどの青髪がふわりと揺れる。


「そ、そうです。魔物よけの薬です」


「そんなものがあるんですか? まさか、魔物に飲ませるんです?」


「ち、違います。特定の薬材を混ぜたものを燃やすと、魔物が苦手とする匂いを含んだ煙が出るそうなんです。最近読んだ『近代農業のススメ』という本に書いていました」


「はー、薬って飲むだけじゃなく、そんな使い方もできるんですね。さすが、エリンさんは物知りです」


「あっ、別に自慢しているわけでは……す、すみません」


「謝らなくていいですよー。この国ではあまり聞きませんが、郊外の村々では畑が魔物に襲われる被害も出ているそうですし。エリンさんの薬、ゆくゆくは農家さんのお役に立つかもしれませんね」


 手にしたほうきを軸に左右に揺れながら、クロエさんは楽しげだった。


 飲むだけが薬じゃない……彼女の何気ない言葉は、わたしの中に新たな道筋を見出してくれたような、そんな気がした。


 ◇


 ……それから数日後。朝食を済ませて開店準備に勤しんでいると、どこからともなくけたたましい馬車の音が聞こえてきた。


 何事かと思っていると、その音はお店の前で止まる。


「エリン様、ご在宅でしょうか」


 やがて扉を開けて現れたのは、先日薬を買ってくれたノーハット家の執事、エドヴィンさんだった。


「は、はぃい!」


 何か薬に不備があったのではないかと、わたしは真っ青な顔のままお店に飛び出す。


「ど、どどどどうされましたか。まさか、薬の副作用が出たとか……?」


「いえいえ、とんでもございません。先日作っていただいた薬を処方したところ、あれだけ長引いていたお嬢様の咳が、ぴたりと止まったのです」


 嬉しさを隠さずに彼は言った。それを聞いて、わたしは胸をなでおろす。


「つきましては、オリヴィアお嬢様が是非とも薬師様に直接お礼が言いたいと申されまして。こうしてお迎えに上がった次第でございます」


 ……はい? なんですと? お迎え?


 そして続いた言葉に、わたしは胃が縮む思いがした。


 ……わたし、貴族様の家に行かなきゃいけないの? そんなまさか。


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