そんな出来事があった翌日。わたしはマイラさんとスフィアの三人で街に買い物に出ていた。
「いやー、いい買い物したねー」
「そ、そうですね……」
スフィアの生活用品を買い揃えたい……なんてマイラさんは言っていたけど、それは建前で、単にお出かけしたかっただけのようだ。
人見知りのわたしとしては、お留守番を決め込んでいたのだけど……抵抗虚しく、マイラさんの怪力で外へ引きずり出されてしまったのだ。
軽く雑貨屋さんを見て回ったあと、喫茶店でお茶をしてから、洋服屋さんでそれぞれの服を買い……今に至る。
「エリン先生のお洋服、素敵でしたね! 今度、着て見せてください!」
「そ、そうですね。もしいつか、奇跡的にそんな機会が訪れたら……」
赤いリボンを風に揺らしながらキラキラの瞳を向けてくるすスフィアに、わたしはそう言葉を返す。
……どうしよう。店員さんに勧められるがまま買ってしまったけど、こんなヒラヒラな服、絶対似合わない。
「……あれっ、雨?」
お店を出て、胸元に抱いた袋に視線を落としていると、マイラさんが声を上げる。
思わず空を見ると、厚い雲が広がっていた。そこから、大きめの雨粒が次々と落ちてくる。
「ど、どうしましょう。どこかで雨宿りしますか?」
だんだんと雨脚が強くなる中、わたしは周囲を見渡す。道行く人々は突然の雨に困惑し、続々と近くの軒先に避難していた。
「うーん、ここからだと、雨宿りするより工房に戻ったほうが早いよ! 二人とも、走るよー!」
そう言うが早いか、マイラさんは猛スピードで駆けだした。
そんな彼女を、わたしとスフィアは必死に追いかけたのだった。
「……ずいぶん派手にやったな」
「はい……」
その後、なんとか工房に帰り着くも……全身泥だらけのわたしとスフィアを見て、ミラベルさんは呆れ顔をした。
土砂降りの雨の中、工房に向かって三人で走ったものの、元々用心棒をしていたマイラさんは足も速く、わたしとスフィアはどんどん離されていった。
それに追いつこうと焦るあまり、二人して見事に転んでしまったのだ。
「お洋服も汚してしまって……やっぱり私はクズ師です……」
「大丈夫ですよー。これくらいの汚れ、レリックさんオススメの洗剤できれいさっぱり落ちますから!」
例によって落ち込むスフィアを、クロエさんが必死に慰めていた。
それを横目に、わたしは水がしたたる服の端を摘む。
袋に入っているので、買ったばかりの服は無事だったけれど、わたしもなかなかにひどい恰好だった。
「あはは……濡れに濡れちゃったねー。着替えよっと」
「……待てマイラ。お前も全身ずぶ濡れだが、そのまま二階に上がるつもりじゃないだろうな」
「え、そのつもりだったけど」
「馬鹿者。また熱を出したらどうする。風呂場で湯を浴びて、体を温めろ」
わたしたちと同じく水をしたたらせながら、二階へ続く階段に足をかけたマイラさんを、ミラベルさんが咎める。
「そうですねー。どのみち、お洋服は洗濯しないといけませんし。お風呂場で髪と体を洗ってきてください」
「りょーかーい。スフィアちゃん、エリンさん、行こう?」
「え、いやその、わたしは後でいいですので、お先にどうぞ」
「何を言ってるんですか。この際、一緒に入っちゃってください」
人前で肌を晒すことに抵抗があるわたしは、数歩後ずさりながらそう口にするも……クロエさんはわたしの背を押し、脱衣所へ追いやろうとする。
「エリン先生、恥ずかしがり屋さんなんですねー」
「むー、なんなら、ここで脱がしちゃうよ?」
「あ、あわわ、笑顔でボタンを外しにかからないでください」
それに乗っかるように、スフィアとマイラさんもわたしの服を脱がしにかかる。
さすがに観念したわたしは、肩を落としながら脱衣所へと向かったのだった。
「はい、お湯をどうぞー」
「ど、どうも。ありがとうございます」
体にタオルを巻いたまま、浴室の扉を少し開け、クロエさんからお湯の入った鍋を受け取る。
この工房には立派なお風呂場があるのだけど、お湯を送るパイプが壊れているらしく、水しか出ない。
なのでこうして、台所で沸かしたお湯を届けてもらわないと入浴できないのだ。
「エリンさん、なんでタオル巻いてるの? 女同士だし、気にする必要ないと思うけど」
「そうですよー。それだと、お背中流せないです」
「え、べ、別に流してもらわなくてもいいです。自分で洗います」
「ダメですよー。弟子は師匠の背中を流すものだと、ミラベルさんから習いました」
スポンジを手にしながら、スフィアは目を輝かせていた。
ミラベルさん……また変な知識を植え付けて……。
「立派なもの持ってるんだから、隠す必要なーし! うりゃ!」
「ああああーー!」
そんなことを考えている隙を突かれ、マイラさんが力づくでわたしのタオルを剥ぎ取る。
一糸まとわぬ姿にされたわたしは、前を隠しながらその場に座り込んでしまう。
「それじゃ、お背中お流ししますね!」
そのまま動けずにいると、スポンジと石鹸を手にしたスフィアが嬉々としてやってきて、わたしの背中を洗い始めた。
……もう、好きにしてください……。
「ほら、追加のお湯を持ってきてやったぞ……ほう、仲がいいな」
諦めの境地に達していると、浴室の扉が再び開いて、ミラベルさんが顔を覗かせた。
「本当ですねー。あ、三人分の着替え、ここに置いておきますね」
同じようにクロエさんの声も聞こえたけど、今のわたしはそれどころじゃなかった。
「ねぇ、ミラさん、ここのお風呂って、いつになったら修理してくれるの? 不便だよね?」
「そう言うな。配管が地中に埋まっていて、大規模な工事が必要なんだ。素人が手を出せるものでもなくてな」
ごしごしと体を洗いながらマイラさんが言うも、ミラベルさんは苦笑していた。
「業者に頼むにしても、かなりの金額が必要だしな。もっと儲けないと無理だな」
……直後、わたしは背後から視線を感じた。もっと頑張って稼いでくれと言わんばかりだった。
「あるいは、格安で工事を請け負ってくれる業者があればいいのだが」
「……私を見ながら言っても、そんなツテはありませんからねー」
続いて、脱衣所からクロエさんの声が飛んでくる。商人志望の彼女にも、工事業者の人脈はないみたいだ。
だけどもし、お風呂を直せるのならそれに越したことはない。
体を清潔にすることは調合作業をする上でも大切だし、入浴には肩こり解消効果もある。先日の女性ように、肩こりが引き金となって頭痛が起こる場合もあるし、肩こりを甘く見てはいけない。
なにより、わたしはお風呂が大好きだ。自由にお風呂を沸かせるようになれば、ゆっくり一人で入浴することもできるはずだし、血行促進や疲労回復に効果がある
「……まあ、追々考えていくことにしよう」
頭の中では色々考えるも、それを口にすることはできず。ミラベルさんはそう話を打ち切ると、脱衣所から去っていった。