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第7話『薬師、弟子と頭痛薬を作る』


 それから数日後、薬が効いたのか、マイラさんは嘘のように元気になった。


「いやー、エリンさん、それにスフィアちゃんも、本当にありがとねー」


 お店に復帰したマイラさんは頭を掻きながら、申し訳なさそうに笑う。


「い、いえその、元気になってよかったです」


「よかったです!」


 わたしが安心しつつ言葉をかけると、スフィアもそれに続く。


「よし、これでエリン工房も今日から通常営業だ。クロエ、棚の商品に不足はないか?」


「はい! バッチリです!」


「玄関の掃除は?」


「私がやりました!」


 びしっと手を上げながら、スフィアが言う。


 この子は調合の勉強だけでなく、掃除に洗濯、はては食事の準備まで、あらゆる雑用をしっかりとこなしていた。もとより飲み込みが早いのもあって、仕事をどんどん覚えている。


「玄関先の植木鉢にも、きちんと水をあげましたよ!」


「それってミラベルさんの仕事じゃないですか。まさか、スフィアちゃんに押し付けたんです?」


「……さあて、今日も忙しくなるな」


 クロエさんがジト目で言うと、ミラベルさんはその視線から逃げるように顔を背けた。


 その様子を見ながら、スフィアは皆と一緒に笑っていた。すっかり打ち解けているようで、なによりだ。


「……あの、お店はもうやっていますでしょうか」


 その時、お店の扉がわずかに開かれて、一人の女性が顔を覗かせた。その顔色が悪いのが、ひと目でわかった。


「開店時間はまだですが……どうされましたか?」


「すみません。昨日から頭が痛くて……薬をくださいませんか」


 すぐにミラベルさんが対応するも、女性は細い指でこめかみを押さえていた。


「それはお辛いでしょう。エリン、薬を作ってもらえるか?」


「わ、わかりました。でもその前に、問診させてもらっていいですか」


 ミラベルさんの言葉に頷いたあと、わたしはそう言って近くのテーブルを指し示す。


 お店にも頭痛薬は並んでいるのだけど、それは一般的なもの。頭痛というのは厄介な病気で、その原因は多岐にわたる。


 当然、原因によって治療すべき場所も違うので、薬に使用する薬材やくざいも細かく変える必要がある。


「さ、最近、頭をぶつけたりはしていませんか?」


「いえ、特には」


「仕事が忙しくて、水を飲むのを怠ったとか?」


「水を飲む量は変わっていません」


 話を聞いた限り、外傷や水分不足の線はなさそう。そうなると……。


「ふ、普段のお仕事は何をされていますか? 目を使うような、細かい仕事をしているとか」


「仕事は……編み物をしていることが多いです」


「編み物……あの、少し肩を回してみてください」


「こうですか……? あいたたた」


 わたしが指示を出すと、女性はゆっくりと肩を回してくれる。直後、苦痛に顔を歪めていた。


 それを見たわたしは、編み物のし過ぎで肩や首の血行が悪くなり、頭痛になったのだろう……そう判断した。


「お、おそらく、頭痛の原因は重度の肩こりですね。痛み止めと一緒に、血行を良くするお薬を用意します。薬が効いて肩と頭の痛みが取れたあとも、定期的に肩を回す運動をしたほうがいいと思いますよ」


「運動ですか……わかりました」


「そ、それでは、薬を作ってきますので。少々お待ちください」


 女性が頷いたのを見届けてから、わたしは調合室へと向かう。


 そのまま地下倉庫に身を滑り込ませると、必要な薬材を手にして地上へと戻ってくる。


「ひいっ」


 床に設置された扉から頭を出すと、目の前にスフィアの顔があった。わたしは驚きのあまり、足を滑らせそうになる。


「お、驚かせてすみません。エリン先生、もうなんの薬を作るか決めてしまったんですか?」


「そ、そうです。あらかた見当はつきました」


「あの会話だけで……エリン先生は、やっぱりすごいです」


 羨望の眼差しを向けられ、わたしは急に恥ずかしくなる。それを悟られないようにしつつ、自分の薬研やげんの前まで這うように移動する。


「白ニンジン、紫ポピー、スイートリーフ、ジャールの根……これが頭痛薬の薬材ですか?」


「そ、そうです。でも、頭痛の原因は多岐に渡るので、この薬材たちが全ての頭痛に効くとは限りません」


 そう説明しながら、傍らに並べた薬材たちに視線を送る。


「……ニンジンが薬になるとか、信じられません」


「こ、これは普通のニンジンではなく、白ニンジンです。小さいながら栄養満点なので、ほんの少しだけ使用します」


 言いながら天秤で重さを量り、薬研へと移す。


「こっちの花は、植木鉢に植わっていたやつですよね?」


「あっ、はい。花びらを乾燥させたものを使います。紫ポピーは、代表的な頭痛薬の薬材です。覚えておいてくださいね」


「はい!」


 わたしがそう伝えると、スフィアはテキパキとメモを取っていた。


「確か、ジャールの根は血行促進効果があるんでしたよね!」


「そ、その通りです。肩こりの解消に効果がありますが、この組み合わせだとクセが強くて飲みにくいので、スイートリーフで鎮痛効果と甘みを加えます」


 そう口にしながら残りの薬材を薬研へと移した時、わたしはあることを思いついた。


「あの、スフィア、粉砕作業をやってみませんか」


「え、いいんですか!?」


「こ、これも勉強です。毎晩遅くまで練習しているようなので、その成果を見せてください」


 驚いた顔をするスフィアにそう伝えながら、わたしは薬材を彼女の薬研へと移す。


 それを見たスフィアは大きく深呼吸をしたあと、気合十分に薬研を手に取った。



 ……その後、スフィアは全力で粉砕作業をしてくれた。


 だけど、気合が空回りしたのか、彼女は薬材を細かく砕きすぎてしまった。


 粉砕した薬材は、その粒が粗すぎても細かすぎてもいけない。土瓶で煮出した際に、もっとも効率よく成分が抽出できる大きさがあるのだ。


「うう……エリン先生、ごめんなさい……私、貴重な薬材を無駄に……」


「な、泣かないでください。薬材はまだありますし、気にする必要はないです」


 顔を覆いながら床に突っ伏すスフィアにそう言葉をかけるも、彼女が立ち直る気配はない。


 そんな彼女の前には、薬研に入ったままの失敗作の頭痛薬がある。


 恐ろしいまでに細かくて、息でも吹きかけようものなら、瞬く間に飛散してしまいそうだ。


「これじゃ私、薬師やくしじゃなくてクズ師です……ううう」


「あ、あのあの、失敗は成功のもとです。だから、元気を出してください」


 この子は、飲み込みも早くて要領もいいのだけど……ひとたび落ち込んでしまうと、こうなってしまう。立ち直りが遅いのだ。


「……また落ち込んだのか。まるで、かつてのお前を見ているようだな」


 その時、背後のカーテンが開かれて、ミラベルさんが顔を覗かせた。


「そ、そうでしょうか。ここまで酷くはなかったと思うのですが」


「地下倉庫に閉じこもったりしないだけ、スフィアのほうが幾分マシかもしれないぞ」


 ミラベルさんはからからと笑ったあと、「まあ、そのうち復活するだろ」と続けた。


 時々あることだし、こういう時は、そっとしておく。わたしはそう学んでいた。


「それで、代わりの薬は用意できそうか?」


「は、はい。これがそうです。お値段はお店のものと同じで。四回分入っていますので、朝と夜、二日間にわけて飲むように伝えてください」


「わかった。世話をかけたな」


 わたしが薬の入った袋を手渡すと、ミラベルさんはすぐに調合室から去っていった。


「……ところで、こっちの失敗薬はどうしよう」


 その背を見送って、わたしは薬研に入ったままの薬に視線を送る。


 そのまま捨ててもいいのだけど、わたしは少し考えて、その薬を取っておくことにした。


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