その翌日から、わたしはスフィアの師匠として、彼女に薬の調合を教えることになった。
お店に並べる薬を午前中に作ったあと、昼食を済ませてからスフィアと二人で商店街へと繰り出す。
最初に立ち寄ったのは、その中ほどにある雑貨屋さんなのだけど……。
「エリンちゃん、いらっしゃい!」
「ひっ、ど、どうも……」
店に足を踏み入れると同時に、店員さんから声をかけられる。
いつも元気で人当たりのいい名物店員さん……と、クロエさんは言っていたけど、ぐいぐい来るし、男の人ということもあって、私は少し苦手だ。
「おや、その子は?」
彼はわたしの後ろについてくる金髪の少女を見つけると、興味深そうに尋ねてくる。
「し、親戚の子です。あ、挨拶してください」
「はじめまして! スフィア・ハーランドです! よろしくお願いします!」
全く目を合わせられないわたしと違って、スフィアはまっすぐに彼の目を見ながら、明るく元気な挨拶をする。
出かけ際、スフィアはわたしの親戚ということにしておくように……と、ミラベルさんから言われている。なので、彼女にはわたしと同じ家名を名乗ってもらっているのだ。
「こりゃまた、可愛らしいお嬢さんだね! 今日は何か探し物かい?」
「あの、天秤と土瓶一式をもらえますか」
「あれ? どっちも立派なやつを持ってなかったっけ? まさか壊れた?」
「あっ、いえ、スフィアの分です。この子、
「はい! 私、エリン先生の一番弟子なんです!」
わたしの言葉に続くように、幸福感に溢れた表情でスフィアは言う。その聖女のような笑顔に、わたしは思わずたじろいでしまう。
「そりゃあすごいね。エリンちゃんは街を救ってくれた恩人だから、サービスしない訳にはいかないなぁ。
「い、いえ、薬研は予備があるので、そっちは大丈夫です。すみません」
「そうなんだね。他に必要なものはあるかな?」
「そ、そうですね。
わたしが道具の名前を出すと、店員さんは手際よく品物を用意してくれる。
このお店も、薬師の調合道具を扱い始めたのはつい最近だ。それまではグレガノさん……わたしの叔父がこの街での薬製造を独占していたため、その道具もほとんど売られていなかった。
「……そ、そうだ。あと、調合の初級教本はありますか」
「少し古いやつだけど、それでもいいかい?」
「あっ、はい。基本的な内容は変わっていないと思いますので」
彼はそう言うと、カウンターの奥から一冊の本を取り出した。
わたしも本はたくさん持っているけど、さすがに初級教本は持っていない。スフィアのためにも、一冊用意しておく必要があった。
「エリン先生、質問なんですけど、この道具は何に使うんですか?」
その時、スフィアが真剣な眼差しを乳鉢に向けていた。
「えっと、薬研で細かくしたものを混ぜたり、小さい
「そうなんですね……あの土瓶は?」
「その、薬を煮出すのに使うんです。完成した薬は、そのまま飲んでも効くんですが、お湯に煮出したほうが効果も大きいので」
わたしがそう説明する中、スフィアはクロエさんからもらった手帳に、真剣な表情でメモを取っていた。
そんな彼女が頷くたび、赤いリボンで結われたツインテールが揺れる。
マイラさんが用意してくれたリボンはその金髪と相まって、彼女にすごく似合っていた。
……雑貨屋で道具を揃えたあとは、薬材を買いに行く。
正直、大抵の薬材はレリックさんから買えるし、それなりの量を工房の地下倉庫に蓄えてある。
けれど、一部の薬材が街中で手に入ることを知っておくと、後々役に立つと思う。
かくいうわたしも、幼い頃は父と一緒に市場を見て歩いたものだ。
「あらー、エリンちゃんじゃなーい。いらっしゃーい」
そんなことを考えながらやってきたのは、花屋さんだった。
「ど、どうも……」
女性の店長さんに対応されたわたしは、例によって人見知りを発動させながら、なんとか会話をしていく。
普段は買い物もクロエさんやマイラさんに任せているのだけど、今日はスフィアと一緒にいる手前、わたしが前に出るしかない。
さすがに買い物もできない師匠だなんて思われたくないし。頑張れエリン。負けるなエリン。
「それで、今日は何を買いに来てくれたの?」
「あ、あの、パープルアイをください」
雑貨屋さんと同じようにスフィアを紹介したあと、植木鉢に植わった紫色の花を指し示す。
「きれいですね……先生、この花が薬材になるんですか?」
「は、花ではなく、根っこです。工房に持って帰ったら、引っこ抜きます」
「エリンちゃーん、育てた本人の前で、引っこ抜くなんて言わないでよー。せめて花が散るまで待ってあげてー?」
「ご、ごめんなさい。でもそれだと、根っこの栄養がなくなってしまうので」
「ふふ、冗談よー。薬になれるんなら、この子も本望でしょ」
店長さんはニコニコ顔で言ったあと、慣れた手付きで花を包んでくれた。
それを見ながら、胸をなでおろす。冗談だとわかっていても妙に緊張してしまうのは、わたしの悪い癖だった。
パープルアイを買ったあとは、スイートリーフを求めて市場へと向かう。
「ス、スイートリーフは食用の野菜ですが、薬材になるのは根の部分です。お店によっては鮮度を保つため根っこ付きで売られているので、それを買います」
「本来なら捨ててしまう野菜の根っこが人の役に立つなんて……先生、すごいですね!」
スイートリーフについて説明する間も、スフィアは瞳を輝かせていた。
憧れの母親と同じ仕事につけるという喜びもあるのだろうけど、彼女は終始テンション高め。市場の商人さんとも物怖じせずに会話ができているし、わたしの周囲に集まってくる人たちは、どうしてこうもコミュ力が高いのか。本当に不思議だった。
「エリン先生、次はどこに行くんですか?」
スイートリーフを手に市場の雑踏から抜け出した時、スフィアが笑顔のまま訊いてくる。
「ひ、必要なものはそれなりに揃いましたし、今日はこのくらいにしましょう」
彼女はまだ元気が有り余っていそうだったけど、外出慣れしていないわたしはヘロヘロ。これ以上出歩くと倒れてしまいそうだ。
そうなってしまうと、師匠としての威厳も地に落ちてしまいそうだったので、今日のところは帰宅することにした。