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第4話『薬師、弟子と同じベッドに入る』


 スフィアを迎え入れると決まってからの、皆の動きは早かった。


「マイラ、湯を沸かしてスフィアの体を拭いてやってくれ」


「りょーかいです! スフィアちゃん、こっちだよ!」


 ミラベルさんの一声で、マイラさんがスフィアの手を取る。当の本人は完全に呆け顔のまま、お風呂場へと引きずられていった。


「ミラベルさん、本当にいいんですか? あの子は……」


 スフィアの姿が見えなくなった矢先、クロエさんがミラベルさんに耳打ちをする。


「エリンがあれだけはっきり意思表示をしたんだし、意志は汲んでやろう。その問題は……なんとか誤魔化す。エリンの親戚ということにでもしておけばいい」


 肝心な部分は聞き取れなかったけど、何かわたしの名前が出ていた気がする。


「それよりクロエ、スフィアの服を用意してもらえないか? 元の服はさすがにひどい有様だからな」


「……わかりました。少し待っていてください」


 クロエさんはまだ何か言いたげだったけど、ミラベルさんの言葉に頷くと、その青髪を揺らしながら二階へと消えていった。


「ところでエリン、ひとつ気になったのだが、奴隷は薬師やくしになれるのか?」


「はひっ」


 なんとなしにその背中を見送っていると、ミラベルさんから突然声をかけられた。


「し、試験にさえ受かれば、身分は関係ないはずです」


「そうか。それならいい」


 そう説明すると、ミラベルさんは納得顔をしていた。


 この国の場合、受験料もそこまで高くない。きちんと知識をつけていれば、平民であっても薬師になるチャンスはあるのだ。


「……それにしても、人見知りのエリンが弟子を取るとはな」


 かつて父に手を引かれて受験会場に足を運んだことを思い出していると、ミラベルさんが含み笑いを浮かべながらわたしを見てくる。


「い、いえ、でしゃばった真似をして、すみませんでした」


「今になって謝るな。それに、ゆくゆく薬師が二人になれば、この工房も安泰だからな」


 先程の出来事を思い出してとっさに頭を下げるも、ミラベルさんは一笑に付した。


「その代わり、しっかりと面倒を見るんだぞ。期待しているからな、エリン先生」


 その笑顔に安堵感を覚えたのもつかの間、続いた言葉にわたしは胃が痛くなったのだった。



「……夢のような時間でした」


 それからしばらくして、真新しい服を着たスフィアがお風呂場から戻ってきた。


 食生活の影響なのか、この子は年齢の割に小柄。その金髪も相まって、まるでお人形さんのようだった。


「ほう、クロエが作った服も似合っているじゃないか」


「古い服を仕立て直しただけですけどね。サイズもぴったりで、安心しました」


「このような服まで用意していただいて、ありがとうございます」


 言いながら、スフィアは深々と頭を下げる。


「お前は今日からここで暮らすのだから、妙にかしこまらなくていいぞ」


「そうですよー。まるで、エリンさんが二人になったみたいですよ」


「あ、はい……」


 クロエさんが底抜けに明るい声で言うも、スフィアはまだ緊張している様子。これはしばらくかかりそうだった。


「まあ、徐々に慣れてくれればいい。では寝室に案内してやろう。こっちだ」


 そんなスフィアの姿に苦笑しながら、ミラベルさんは階段を上っていく。


「……あの、寝室って、どこの部屋を使うんですか」


 その背に向かって、わたしは遠慮がちに問いかける。


 この工房は二階にも居住スペースがあるのだけど、部屋は四つしかない。どの部屋もわたしたちが使っていて、空き部屋はないはずだ。


「どこって、エリンの部屋に決まっているだろう。師匠と弟子が同じ部屋で寝るのは当然だ」


「そんなご配慮までしてもらえるなんて……エリン先生、ふつつかものですが、よろしくお願いします!」


 ミラベルさんの言葉で状況を理解したのか、スフィアはキラッキラの笑顔を向けてくる。


 ……はい? ちょっと待って。わたしの部屋?


 その笑顔の眩しさに顔を覆った直後、わたしは重要なことを思い出した。


「あ、あの、わたしの部屋は今、大変なことになっていまして」


 そう口にしながら、わたしは二人を追いかけて階段を駆け上がる。


 けれど、彼女たちはすでに部屋の扉に手をかけていた。間に合わない。


「うお……!?」


 やがて扉が開かれると、本が雪崩のように廊下に溢れ出てきた。


「……なんだこれは。床はおろか、ベッドも本に埋もれているぞ」


「す、すすすみません……薬学や植物の本を集めだしたら、止まらなくなりまして」


 室内に視線を送ったミラベルさんが顔をひきつらせるのを見て、わたしは滑り込むように土下座をした。


「そういえば、最近エリンさんの部屋へ掃除に入っていませんでしたが……こんなことになっていたんですね」


「うっわー、ぐっちゃぐちゃ」


 遅れて階段を上ってきたクロエさんとマイラさんが部屋を覗き込み、揃って呆れ顔をする。


「これは見事だな……エリン、お前は普段どこで寝ているんだ?」


「ちょ、調合室に泊まり込むことも多いですが……」


 うつむきながら答えると、深いため息が降ってきた。


「とりあえず寝床の確保だ。マイラ、ベッドの上の本を片っ端からどかせ。廊下に出しても構わん」


「りょーかいです!」


 ミラベルさんの指示を受け、マイラさんが飛び跳ねながらわたしの部屋に入っていく。


 そしてベッド上の本を掴むと、手当たり次第に廊下へ放り投げる。


「あああ、貴重な本もあるので大事に扱ってください……!」


「ぶ」


 慌てふためきながら、投げ放たれる本を受け止めていく。そのうちの一冊が、スフィアの顔面を直撃した。


「わわ、スフィア、大丈夫ですか」


「……植物、大全?」


 ぽとりと落ちた本を拾い上げたスフィアが、鼻を押さえながら呟いた。


「あれ、スフィアは、もしかして文字が読めるんですか?」


「あ、はい。父に習いました」


 思わず問いかけると、彼女は恥ずかしそうに頷いた。


「ほう。識字できることは奴隷商人たちには伝えていたか?」


 相変わらず投げられる本をクロエさんと手分けして受け止めながら、ミラベルさんが感心顔で尋ねる。


「いえ、黙っていました。教えると、ロクなことがなさそうでしたので」


 そう口にしたあと、スフィアは明らかに鼻先で笑った。


「他にも、できるだけ使えない奴隷を演じるようにしていました。そうすれば、商人さんたちも油断して、逃げる隙ができると思ったので」


「……エリン、この娘、なかなかに頭が切れるかもしれないぞ。指導役、頑張れよ」


 その様子を見たあと、ミラベルさんは再び顔をひきつらせながらそう言ったのだった。


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