「……そこの人、助けてください! お願いします!」
暗く狭い路地から飛び出してきたのは、一人の女の子だった。
年の頃は12歳前後に見えるも、暗がりの中でもわかるほど酷い恰好をしている。
本来はきれいな金色と思われる髪は泥にまみれ、手入れもされておらずボサボサだ。身につけた衣服も、ところどころ穴が空いていた。
「えっ、あの、どうしたんですか」
「追われているんです!
その子はわたしにすがりつき、強い意志を持った目で見つめてくる。
「か、匿ってと言われても……」
その赤い瞳に気圧されながら、おろおろと周囲を見渡す。するとそこに、人が入れそうな大きな樽があった。とっさに蓋を取ると、中身は空っぽのようだ。
「こ、これに入ってください」
「ありがとうございますっ!」
少女は感謝の言葉を口にしながら樽をよじ登ると、その中に身を隠す。
それを確認して、わたしはいそいそと蓋を閉めた。
「……あのガキ、どこに行きやがった」
「まったく、てめぇがちゃんと見張ってねぇからこんなことに」
「そう言うな。あの身なりだ。すぐに見つかるさ」
……その直後、少女がやってきたのと同じ方角から、男性たちの話し声が聞こえてきた。
その内容から、今の女の子を探しているのだろう。
わたしはシロイモの入った袋を肩に担ぎ、あたかも通りすがりを装う。
やがて姿を見せたのは、いかにもゴロツキといった風貌の男性二人組だった。
「おい、そこの女。こっちにガキがやってこなかったか。金髪で、赤い目をしてるんだが」
彼らはわたしの全身を舐めるように見ながら、いぶかしげな視線を向けてくる。
あの子のためにも、ここはなんとか切り抜けないと。
わたしは凛とした態度で、彼らと対峙――。
「い、いえその、あの、あのあの」
――できなかった。思いっきり人見知りが発動してしまっている。挙動不審もいいところだ。
「……怪しいな。なんか知ってるんなら、正直に言ったほうが身のためだぜ?」
「あっ、その、わたし、ただ迷子になっただけで……すみません」
「迷子だぁ? そんなバレバレな言い訳、通じるとでも思ってんのか」
必死に言葉を紡ぐも、まったく信じてもらえなかった。
「ほ、本当に迷子でして……住んでる街なのに迷ってしまって、すみませんすみません……」
「……ダメだこの女、会話にならねぇ」
「アニキの顔が怖いんじゃないっすか?」
「うるせぇ。こんなやつに構ってる場合じゃねぇ。二手に分かれるぞ」
しどろもどろになっていると、彼らはわたしを一瞥し、呆れ顔のまま別々の路地へと入っていった。
「はへぇ……」
その足音が聞こえなくなったのを確認して、へなへなとその場に座り込む。
……今回ばかりは、人見知り特有の口下手が功を奏したみたい。
「そ、そうだ。も、もう出てきてもいいですよ」
ややあって、わたしは麻袋を地面に置き、樽の蓋を取る。
「お姉さん、ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか」
もそもそと樽から這い出してきた少女が地面に降り立つ。
その直後、地面の袋に彼女の足が当たり、中からシロイモが転がり出た。
「……おいも?」
「あっ、これは食べられません。薬の材料なので」
「薬……? お姉さんは、なんのお仕事をしているんですか?」
こぼれたシロイモを袋に戻しながらそう口にすると、少女は首をかしげた。
「えっと、
「え、薬師様!?」
その子は雷に打たれたような顔をしたあと、ものすごい勢いで地面に頭を擦りつけた。
「……お願いします。私に薬の作り方を教えてください!」
「え、ええ!? 誰か、具合の悪い人でも……?」
「いえ、実は……」
「あー! ミラさーん! エリンさんいたよー!」
あたふたしながら理由を尋ねた時、背後から聞き覚えのある声がした。
「え、マイラさん? ど、どうしてここに」
「エリンさんの帰りが遅いから、ミラさんと二人で探しにきたんだよー。いやー、見つかってよかった!」
暗がりの中でもわかるキラキラの笑顔をわたしに向けながら、マイラさんが言う。その背後から、腰に剣を携えたミラベルさんが走ってくるのが見えた。
「……む? エリン、その子は誰だ?」
「え、えっと、この子はですね……」
◇
「……というわけなんです」
工房に戻る道すがら、わたしはこの女の子と出会った経緯をミラベルさんたちに話して聞かせた。
「なるほどな。その子の恰好を見る限り、お前が遭遇したのは奴隷商人だろう」
「この街じゃほとんど見なかったんだけど、まだいるんだねー。キミ、大丈夫? 怖かったでしょー?」
マイラさんが少女に同情の言葉をかけるも、彼女は黙ってついてくるだけだった。
……そうこうしているうちに、エリン工房へと帰り着く。
「エリンさん、おかえりなさい! 心配したんですよ?」
「ひぇっ……す、すみません」
扉を開けると同時にクロエさんが飛び出してきて、わたしの手を握る。思わず変な声が出た。
「……あれ? その子はどうしたんですか?」
続いて、クロエさんがわたしの背に隠れる少女に気づく。
「えっと、この子は、ですね……」
「男たちに追われているところを、エリンが助けたらしい」
わたしが言い淀んでいると、代わりにミラベルさんが答えてくれる。
「なるほど。帰りが遅いから心配していましたけど、さすがエリンさん、人助けをしていたんですね」
「え? ええ、まあ……」
尊敬の眼差しを向けてくれるクロエさんに、わたしは視線を泳がせながら曖昧な言葉を返す。まさか、迷子になっていたなんてとても言えない……。
「まあ、色々とわけありのようだがな……中で話を聞こう。入っていいぞ」
ミラベルさんが優しい声色で少女に声をかけ、その背中を押す。
身を縮こませていたその子は、小さく頷いて工房へ足を踏み入れた。