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第1話『薬師、住み慣れた街で迷子になる』


 わたしは薬師やくしエリン・ハーランド。


 ミランダ王国の城下町にある、国家公認工房で働いている。


 その工房の名は『エリン工房』。わたしはそこで、日々薬を作っていた。


 ちなみに、接客はオーナーのミラベルさんや、商人志望のクロエさん、用心棒のマイラさんに任せっきりだ。


 というのも、わたしは人見知り。接客は大の苦手なのだ。


 皆のおかげで、最近は少しずつ人に慣れてきた気もするけど、営業スマイルで接客するなんて芸当、わたしには無理すぎる。


 というわけで、わたしは今日も調合室に引きこもり、誰にも邪魔されない至高の時間を過ごしていた。


「どうもー! 薬の材料、お持ちしましたー!」


 薬研やげんで薬材を砕いていると、お店の入口から元気な声が飛んできた。


 いつものように聞き流し、誰かが対応してくれるのを待つ。


「すみませーん! 薬の材料、お持ちしましたよー!」


 けれど、誰かが出てくる気配はない。


「えっ、だ、誰もいないんですか……?」


 体が緊張するのを感じながらカーテンを少しだけ開け、お店のカウンターを見る。


「あ、エリンさん! よかった! 誰もいなくて困ってたんですよ!」


「ひいっ」


 その矢先、声の主に見つかってしまった。背筋が伸びると同時に、変な声が出た。


「いつもお世話になります。薬の素材を持ってきたんで、ここにサインお願いします!」


「ど、どど、どうも……いつもありがとうございます……」


 今更隠れるわけにもいかず、重たい足を引きずってカウンターまで移動するも、速攻で人見知りが発動してしまう。


 声がどんどん小さくなり、視線が宙をさまよう。当然、相手の顔なんて見れない。


 この人はレリックさん。クロエさんの知り合いの商人さんで、定期的に薬材やくざいを届けてくれるのだ。


 ……つまり、これまで何度も会っている人だ。それなのに、いまだに一対一で話すと緊張してしまう。


 優しいのだけど男の人だし、ぐいぐい来るから正直苦手だ。


「ジャールの根が30本に、ゴールデンリーフが20枚、あとは……」


「あっ、ネバイモが10個に、音止め草を15本です。シ、シロイモは入りましたか」


「あー、あいにく入らなかったんですよ。すみません」


「い、いえ。また今度で大丈夫です……」


 そんな受け答えをしながら、目の前に置かれた品物とお店の地下倉庫にある薬材の在庫を脳内で照らし合わせていく。オルニカの根はまだ数があるし、補充しなくてもいいと思う。


「えーっと合計金額は、と……」


「あっ、全部で5620ピールです」


「……正解です。伝票も見ずに答えられると、商人として自信がなくなりますね」


「あわわ、す、すみません、すみません」


 頭の中で計算した金額を伝えると、レリックさんは苦笑していた。わたしは全力で謝る。


「エリンさんの頭の良さは知ってますし、謙遜する必要ないですよ。むしろ、俺の助手としてほしいくらいです」


「あ、ああありがとうございます……!」


 社交辞令なのはわかっているけど、そんなふうに言われると舞い上がりそうになる。


 わたしは必死に気持ちを落ち着かせつつ、代金を支払ったのだった。


「ありがとうございましたー! またごひいきに!」


 やがてレリックさんが帰り、ようやく一人になった私は胸をなでおろす。


「……おや、誰か来ていたのか?」


 その直後、二階から人が降りてくる気配がして、この工房のオーナーであるミラベルさんが顔を覗かせた。


「あっ、レリックさんが来ていました。その、薬材の搬入に……」


「そういえば、来ると言っていたな。クロエとマイラに言われていたのに、すっかり忘れていた」


 ミラベルさんは店内を見渡しながら言ったあと、なぜか目を細める。


「ということは、レリックにはエリンが対応したのか。この調子なら、そのうち店番を任せられるようになるかもしれないな」


「えっ、いやいや、わたしに店番なんてまだとても無理です。今回だって、レリックさんに余計な気を使わせたんですから……!」


 顔の前で両手をわたわたと動かし、全力で否定する。一人で店番なんて、とんでもない。


「冗談だ。それより、貴族街のほうから急ぎの調合依頼が入っている。薬材も潤っただろうし、頼んでいいか?」


 わずかに表情を引き締めたミラベルさんが、一枚の書類を渡してくる。


 わたしはそれを受け取り、依頼内容を確認した。


「……咳止めの薬、ですか」


「ああ。かなりひどい状態らしくてな。できたら明日の朝一番に取りに来たいそうだ。できるか?」


「そ、そうですね……スイートリーフも咳止めの効能がありますが、強力な薬となるとシロイモが必須です。そのままだと強すぎるので、ジャールの根と一緒に調合して副作用を抑える必要がありますが」


「なるほどな……相変わらず、薬の話になると饒舌になるな」


「はっ。す、すみません」


「謝る必要はない。最近はますます知識量が増えているようだし、けっこうなことだ」


「あ、ありがとうございます。ただ、この薬の調合にはひとつ問題が」


「問題とは?」


「先程レリックさんから仕入れた薬材の中に、シロイモがなかったんです。手に入らなかったとかで」


「そうか……なら、私と一緒に採りに行こう。生育場所は森なのか?」


 わたしが説明すると、ミラベルさんは一瞬でそう決断していた。


 取引相手が貴族様だから、納品が遅れたら信用に関わる……ということだろうか。


「あっ、いえ、森には入りません。シロイモは、けっこう街の裏路地にも生えているので、その、一人で採ってきます」


 準備のために二階へ上がろうとしていたミラベルさんを、わたしは慌てて呼び止める。


 街の外には魔物や危険な動物がいるので、戦えないわたしは必ずミラベルさんかマイラさんに同行してもらわないといけないのだ。


「そうなのか……街の中に生えているとは、初耳だ」


「シ、シロイモは日当たりの悪い場所にひっそりと生えている球根植物です。むしろ街のほうが日当たりの悪い場所が多いですし、よく見かけます。あ、土の栄養の関係で品質は下がりますが、できるだけいいものを探してきます」


「わかった。そういうことなら、お前に任せよう」


 視線を泳がせながら伝えると、ミラベルさんは納得してくれた様子で、カウンター脇に置かれていた麻袋を手渡してくれた。


「そ、それでは、行ってきます」


 ◇


「……どうしよう。すっかり日が暮れてしまった」


 それから数時間後。路地の一角で、わたしは途方に暮れていた。


 日陰を好むシロイモを探して、普段は入らないような裏路地の奥へ奥へと進んだ結果、完全に迷子になってしまったのだ。


 なんとか必要数のシロイモは手に入れられたものの、ここはどこだろう。


「うう、住んでいる街で迷子になってしまった……」


 出不精の弊害がここで出てしまうなんて……なんて嘆きながら、すっかり暗くなった路地を足早に歩く。


「早く、早く帰らないと」


 大通りにさえ出ればなんとかなるはずと、狭い路地をさまよい歩く。


 何度目かわからない角を曲がった時、物陰から何かが飛び出してきた。


「……そこの人、助けてください!」


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