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第18話『薬師、熱を出す』


 ……今日は待ちに待ったアメス祭りだ。


 表通りには無数の露店が並び、軽快な音楽が聞こえ、時折花火まで上がっている。


 街全体もどこか浮かれていて、否が応でもお祭り気分を盛り上げる。


「エリンさん、体調はどう?」


「うう、これは間違いなく熱があります……」


 ……そんな中、わたしは朝から熱を出してしまっていた。


 先日、王宮で緊張しまくった反動が、今になって出てきてしまったらしい。


「皆とお祭りに行く予定だったのに、なんで今日に限って……!」


 ぶつけようのない怒りがこみ上げてくるも、それに伴って熱も上がる。どうしようもなかった。


「かわいそうだが、今日は一日、ゆっくり休むしかないな。無理に出て悪化したら元も子もないぞ」


「や、薬師やくしなので、それはわかっていますが……」


「屋台の料理、たくさん買って来ますから。しっかり治してくださいね」


「エリンさん、お大事に」


 ……各々がそんな言葉をかけてくれながら、部屋を出ていってしまった。


「はぁ……落ち込んでいても仕方がない。皆に心配をかけないよう、一刻も早く良くならないと……」


 一転、静かになった部屋の中でそう呟いて、ベッドから起き上がる。向かうは調合室だ。


「熱冷ましにはスイートリーフとゴールデンリーフ、パープルアイを使って……喉の痛みと頭痛もあるから音止め草とシロイモも入れよう……」


 そして薬研やげんを手に、ため息まじりに自分用の薬を調合する。


 ……こんなふうに、症状に応じて細かい調整ができるのが、自分で薬を作れる薬師の利点でもある。


「……まぁ、風邪をひかないに越したことはないんだけど」


 自虐的に呟きながら、自作の薬を土瓶で煮出し、服用する。


 それから再びベッドに入ると、すぐに薬の効果が現れはじめ、次第に祭りの喧騒が遠くなっていった。



 ……そして目が覚めると、窓からは西日が差し込んでいた。


 熱はすっかり下がっていたけど、どうやら祭りも終わってしまったよう。


「たっぷり寝すぎた……」


 そう嘆きながら上体を起こした時、机にいくつか料理が置かれているのに気づく。


 器を見た感じ、どうやらお祭りの料理のようだった。


 ……たぶん、お昼にミラベルさんたちが一度工房に帰ってきたんだと思う。この料理はその時のお土産だろう。


 そして彼女たちは、わたしが寝ているのを見て起こさずにおいてくれたのだ。


 その気遣いはすごく嬉しいけど、そこは無理矢理にでも起こしてほしかった。


 もしかしたら、お昼には熱も下がっていたかもしれないし、それならば午後からだけでも、皆と一緒にお祭りを楽しめたかもしれない。


「人混みは苦手だけど、皆とお祭りを楽しみたかった……」


 天井を見上げながら吐き捨てるように言うと、階下から賑やかな声が聞こえだす。どうやら皆が戻ってきたみたいだ。


「み、皆さん、おかえりなさい」


 わたしはベッドから抜け出して、皆を出迎える。


「エリンさん、もう起きても大丈夫なんですか? 熱、下がりました?」


 一階に下りると、すぐにクロエさんが駆け寄ってきて、わたしのおでこに手を当てた。


「ひぇっ」


 予想外の行動にわたしは直立不動になる。この人は時々、距離感がおかしい……!


「あ、下がったみたいですねー。よかったです」


 わたしの動揺などつゆ知らず、クロエさんはニコニコ顔で言う。


 先日お店でお話をしてから、その距離はますます近くなったような気がする。

……そんな中、マイラさんとミラベルさんはお昼すぎに祭りで配られたという料理の話で盛り上がっていた。


 詳しく話を聞いてみると、今回のアメス祭りではこの日のためだけに作られた特別な料理が振る舞われたらしい。


 野菜と豚肉をトロトロになるまで煮込んだ料理で、トーンスープと呼ばれているそう。


「エリンにも食べさせてやりたかったが、無料で配られる分、一人一杯まででな。お持ち帰りもできなかったんだ」


「そうなんですよー。エリンさん、ごめんなさい」


 クロエさんもその料理を食べたらしく、三人一緒に謝ってきた。

来年こそは食べよう……と心に誓いつつ、今の体調でそんな脂っこいものを食べたら、余計に体調が悪くなると伝えておいた。


「……ごめん。ちょっとお手洗い」


「え? マイラ、さっきも行きましたよね?」


「うーん、なんか調子悪くて」


 ……その後も祭りの土産話を聞いていたところ、マイラさんがお手洗いへ向かった。


 お祭りの雰囲気に負けて色々食べすぎたのかな……なんて考えるも、ややあって、クロエさんやミラベルさんもその後に続く。


「……これは、揃いも揃って何かに当たったか?」


 不思議に思っていると、お手洗いから戻ったミラベルさんが自らのお腹に手を当て、いぶかしげに言う。その顔はすでに土気色をしていた。


「そ、それは大変です。今、薬を持ってきますので」


 わたしは店舗スペースへと走り、棚に並べられた胃腸薬を手に取る。


 そのまま調合室へ向かうと、すぐに土瓶に湯を沸かして、薬を煮出し始める。


 病み上がりなのに、すまないな……というミラベルさんの言葉を背に受けながら、食中毒の原因に心当たりがないか尋ねてみる。


 すると、三人が共通して食べた料理は、例のトーンスープだけであるということがわかった。


「……まさか、あの料理が原因だというのか?」


「言われてみれば、お肉の味が少し悪かったような、そうでなかったような……」


「もしかして野菜って線もある? スープが濃いからわからないよねぇ……あうう」


 嘆きながら、マイラさんは再びお手洗いへと向かう。


「と、とりあえず薬はできましたが、この手の病気は悪いものを全て出し切ってしまわないと良くならないので。その、水分をしっかり取って、頑張ってください。今日は長い夜になると思いますよ」


 残る二人にそう伝えると、揃って絶望的な顔をした。それを見ながら、わたしも徹夜で三人の看病を頑張ろうと気合を入れたのだった。


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