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第17話『薬師、王宮に呼び出される』


 翌日の正午前。国からの呼び出しを受けたわたしは、ガチガチに緊張しながら皆と王宮へ向かっていた。


 その間にも、様々な悪い考えが頭を駆け巡る。


 先日作った痔の薬が合わなかったのではなかろうかとか、はては調合そのものが失敗して薬の効力がなかったのではなかろうかとか。


 もし失敗していたのなら、わたしはどうなるのだろう。もしかして死刑? よくて島流し? 最悪市中引き回しの上にギロチンで公開処刑とか……!


「エリンさーん! しっかりしてくださーい!」


「これは……考えうる最悪の想像をしているのだろうな。右手と右足が一緒に出ているし、心ここにあらずといった感じだぞ」


 クロエさんやミラベルさんが何か言っているけど、今のわたしはそれどころじゃない。


「さて、私たちが同行できるのはここまでだ。エリン、気をしっかり持てよ」


 ……そうこうしているうちに、城門までたどり着いてしまった。招集命令を受けたのはわたしだけなので、ここから先は一人ということになる。


「エリン・ハーランド様ですね。こちらへどうぞ」


「あい……」


 城門で待機していた兵士さんに連れられて、王宮へと足を踏み入れる。


 きらびやかな装飾や調度品が並んでいたけど、そんなものに感激する余裕なんてなかった。うなだれ、重い足取りで玉座へと向かう。


「……来たか。時間通りであるな」


 下げた視界に赤い絨毯が現れた時、頭上から声がした。


 実際に声を聞いたことはないけれど、この声の主こそ、国王陛下その人だろう。


「待っておったぞ。エリン・ハーランドよ、顔をあげよ」


「……へ、へいっ!」


 緊張のあまり、半ばヤケになって顔を上げる。声も裏返ってしまった。


「しょ、招集に従い馳せ参じました、エリン・ハーランド……です……」


 ミラベルさんに習って、何度も脳内で反芻した言葉を口にする。声が小さすぎて、陛下の耳に届いたかどうかも疑わしい。


「多忙な中、呼び出してすまぬな。話というのは、先日、そなたが作った薬についてだ」


 陛下の口から出た言葉に、わたしはさっそく意識が遠くなりかける。


 ああ……あの薬、やっぱり失敗したんだ。余計なもの入れたのがいけなかったのかな。


 ミラベルさん、クロエさん、マイラさん。いままでありがとう。短い間だったけど、わたしは幸せでした……。


「あの薬の効き目は大変素晴らしく、長年苦しんでいた症状が嘘のように改善したのだ。こうして呼び出したのも、直接礼を言いたかったからでな」


「……はへ?」


 心の中で皆に別れを告げるも、投げかけられた言葉は予想外のものだった。


「聞けば、そなたはかの有名なハーランド家の一人娘であるとのこと。さすがの腕前であるな」


「あっ、ありがとうございます……」


 お褒めの言葉を頂戴したわたしは恐縮し、ますます声が小さくなる。


「……それで、そなたを王宮直属の薬師やくしとして迎え入れたいのだが」


「……え?」


 続く陛下からの言葉に、わたしは息を呑んだ。


「もちろん、十分な報酬を用意する。衣食住の充実に加え、調合作業に関するあらゆる環境も整えると約束しよう」


 まさかの提案に、頭の中を様々な考えが駆け巡る。


 王宮直属の薬師となると、その待遇は他の追随を許さない。


 肩書も薬師の中で最高位の国家薬師となり、その将来は約束されたようなもの。何不自由ない生活が送れることだろう。


 ……だけど。


「すぐに答えを出せとは言わぬが……考えてみてはもらえぬか」


 ……だけど。わたしの答えは決まっていた。


 これまでの自分なら、場の空気に流されていただろうけど、今だけは自分の意見を言うのだ。頑張れエリン。負けるなエリン。


「た、大変ありがたいお話ですが……お、お……わり、します」


「む?」


「……お、お断りします!」


 想像以上に大きな声が出てしまい、思わず口を塞ぐ。


「……それまた、なにゆえに?」


「今の、工房が、そこにいる皆が、好きなので。まだ、あそこに居たいので。その、すみません……」


「ふむ……」


 先程と打って変わって呟くように言うと、国王陛下は何かを考えるような仕草をする。


 一方のわたしは全身から汗が吹き出していて、震えが止まらなかった。


 ……言ってしまった。でも、これがわたしの本心だ。


 たとえ極刑になろうとも、わたしは後悔しない。頑張った。


「……承知した。そういうことなら、致し方あるまい」


 やがて国王陛下は心底残念そうにそう口にした。


「え、いいの? わたし、罪に問われたりしないの……?」


「罪? なんの話をしておる」


「い、いえ……」


 驚きのあまり、思わず素で返してしまった。それが恥ずかしくて、再び視線を下げる。


「いくら国とはいえ、そなたの意思を捻じ曲げることなどできぬからな。無理にとは言うまい。万一気が変わることがあれば、いつでも待っておるからな」


 国王陛下は朗らかな笑顔を見せてくれ、わたしの緊張も多少ほぐれる。


「……そうだ。今後とも、例の薬を定期的に届けてもらえるとありがたい。無論、顧客としてだ。可能ならば、王宮内の薬の注文も全てそなたの工房に依頼したい」


「そ、それは……ありがとうございます。皆、喜びます……」


「詳細については、また使者を送ろう。今日は手間取らせてすまなかった。誰か、彼女を城門まで送って差し上げよ」


 そう言って陛下が人を呼ぶと、ここまで案内してくれた兵士さんが再び姿を見せ、外まで連れていってくれた。


「……あ、エリンさん、帰ってきたよ!」


 その兵士さんと別れて城門付近で呆けていると、待っていてくれたらしい皆が迎えてくれる。


「予想より早かったな。どんな話をしたんだ?」


「その、薬、よかったそうです。今後とも、よろしくお願いするって、言われました……」


 皆の顔を見たとたん、体の力が抜けた。倒れかけたわたしを、マイラさんとクロエさんが支えてくれる。


「でかしたぞエリン。そんじょそこらの大口取引なんて目じゃない。国からの注文だぞ」


「エリンさん、すごいですよ!」


「よくわかんないけど、すごいね!」


「あうあうあう……」


 そのまま左右からもみくちゃにされる。皆の反応を見て、自分はすごいことをしたのだと改めて理解した。


 ……やっぱり、ここは居心地がいい。


 そして気づけば、街は賑やかさを増していた。


 もうすぐアメス祭り。皆と一緒に楽しめたらいいな。



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