「注文した薬を受け取りに参りました。成果のほうはいかがでしょうか」
……二日後の早朝、使者さんが完成した痔の薬を受け取りにやってきた。
わたしたちは緊張した面持ちで、工房のカウンター越しに彼と対峙する。
今回は試験の意味合いもあると聞いていたので、普段より強力な薬を作ってみた。炎症止めに整腸成分も入って、効能マシマシ。正直、自信作だ。
「ど、どうぞ。おしりの薬です」
緊張しながら袋を差し出すと、使者さんは笑顔のまま固まった。
……しまった。ストレートに言い過ぎた。
慌てて言い直すも、もはや後の祭り。
お客さんのいない時間帯で本当によかった。危うく国王陛下が痔持ちだとバレてしまうところだ。
「ふむ。見た目は大丈夫のようですな。香りも……きちんと月の花を使っておりますね」
改めて中身を確認した使者さんはそう言って頷く。その口ぶりからして、それなりに薬の知識があるのかもしれない。
「よろしいでしょう。ひとまず合格ということで、報酬をお支払いします」
次にそう言って、カウンターに袋を置く。がちゃりと重たい音がした。
「4000ピール入っております。今後については、またご連絡を差し上げますので。それでは」
予想以上の高額報酬に耳を疑っていると、使者さんは一礼して去っていった。
どうやら無事に合格をいただけたようで、わたしは胸をなでおろしたのだった。
「いやー、さすが王様、太っ腹だねぇ」
「ああ、これでしばらく運営資金には困らないな」
「それなら、そろそろお風呂の修理をお願いしたいんですが」
大口取引を成功させたということで、その後の朝食の席では必然的にそんな話題になる。皆の表情も明るかった。
「風呂の修理も大事だが、まずは一番の功労者であるエリンを労ってやるべきだ。そうだろう?」
「……はへ?」
ソーセージにかじりついたところで急に話を振られ、変な声が出た。
「い、いやその、別に労ってもらわなくていいです。そっとしておいてください」
「そう遠慮するな。今日の昼は慰労会を兼ねて、外で食べることにしよう」
「やったー! 外食だー!」
「場所は私が以前バイトしていた食堂にしましょう。元店員の権限で割引させてみせます」
必死に断るも、わたしの言葉はきれいに流されていた。これは逃げられそうになかった。
そしてお昼休み。クロエさんがバイトをしていた食堂へ四人で向かう。
その道中、多くの人が慌ただしく行き交っているのに気づき、誰となくその理由を尋ねてみる。
「ああ、もうすぐアメス祭りがあるからな」
「あ、もうそんな時期なんですね」
「盛大な祭りだとは聞いていますが、エリンさん、どんなお祭りなんですか?」
「えっ、あっと、その」
クロエさんが興味津々に訊いてくるも、わたしは答えられない。
この国の特産品であるアメスの花が咲く時期に毎年行われるお祭りなのだけど、わたしは小さい頃に行った以来で、おぼろげな記憶しかないのだ。
だけど、今年のお祭りは皆で見て回りたい。あとで勇気を出して提案してみようかな。
そんなことを考えながら歩いていると、目的地の食堂にたどり着く。
……そういえば、ハーランド工房を追い出された日、ここでクロエさんに出会ったんだっけ。
あの日の出来事が、なんだか遠い昔のように感じる。
「そうだ。食事の前にエリンには挨拶をしてもらうから、今のうちに考えておけよ」
あの出会いがなかったら、今頃わたしはどうなっていただろう……なんて物思いにふけっていた時、ミラベルさんから悪魔のような一言が飛んできた。
そ、そんな。また挨拶ですと……!?
……その後の食堂での出来事は、ほとんど記憶に残らなかった。
しどろもどろになりながら挨拶をして、皆に褒められ、嬉しいような恥ずかしいような時間を過ごしながらも、緊張からか料理の味はほとんどわからなかった。
ふわふわした気持ちのまま工房へ戻ると、そのまま午後の仕事が待っていて、忙殺されながら調合作業をこなす。
……そうこうしていると、あっという間に夜になった。
「あー、なんかどっと疲れた……何か飲もう」
夕食後の自由時間。一旦は二階の自室へ戻ったものの、そう思って一階のキッチンへ向かう。
温かいものでも作ろうとミルクを鍋にかけたところで、誰もいないはずの店舗スペースから物音がしていることに気づく。
まさか泥棒……? なんて思いながらおそるおそる覗くと、そこにはクロエさんがいて、書類の山と向かい合っていた。
商人志望とはいえ、こんな時間まで一人で事務作業をしているなんて思わなかった。
「そ、そうだ。クロエさんに、あれ作ってあげよう」
閃いたわたしは、急いで調合室へ向かい、粉にしてあったスイートリーフとジャールの根を手にキッチンへ戻る。
程よく煮立ってきたミルクの中へその粉を入れ、ゆっくりとかき混ぜる。とろみがついたらできあがりだ。
これは小さな頃、お父さんが作ってくれた思い出の飲み物。栄養満点のミルクにスイートリーフの程よい甘さととろみが加わり、ジャールの根の血流促進効果で体も温まる。疲れた体にぴったりな飲み物なのだ。
「ク、クロエさん、遅くまでお疲れさまです。これ、どうぞ」
「えっ? ああ……エリンさん、ありがとうございます」
それを二杯分作ってから、クロエさんに声をかける。
彼女は一瞬驚いたような顔をしたあと、笑顔でマグカップを受け取ってくれた。
「じ、邪魔しちゃ悪いので、部屋に戻ります。それじゃ」
「あ、待ってください。ちょうど休憩しようと思ってたんです。お話しましょう」
そのまま退散しようとすると、クロエさんに笑顔で呼び止められる。その顔に疲れが滲んでいる気がした。
「よ、夜遅くまで、大変ですね」
沈黙がいやで言葉を探すも、ありきたりな言い方しかできなかった。
「大変ですけど、これも勉強なので。世間を知らなければ良い商人にはなれない……というのが、お父様の口癖だったので」
「お、お父様……!? もしかしてクロエさんって、いいとこのお嬢様だったり?」
「あ」
気になって指摘すると、しまった、という顔をした。
「……実はそうなんです。成人するまでは一般人として生き、世間を知るべし……という家訓が我がリーベルグ家にはありまして」
どこかバツが悪そうに彼女は言う。今になって思い返せば、かつてハーランド工房の取引先にリーベルグ商会というものがあった気がする。もしかしなくても、クロエさんのお父さんの会社なのかな。
「ミラベルさんには事情を話していまして、かれこれ3年間、一般人として扱ってもらっているんです。マイラにはまだ内緒なので、エリンさんもこれまで通りでよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、よろしくお願い存じ上げます」
「本当にわかってます? 変な敬語になってますよー」
思わずかしこまると、彼女はクスクスと笑う。今になって思えば、笑い方も上品な気がする。
「そうそう。今ですね、街の外でしか手に入らない
続いて、クロエさんがそう教えてくれる。毎回薬材を採りに行くのも大変だし、商人さんから買うことができれば、ありがたい話だ。
「……部屋にいないと思ったら、こんなところにいたのか」
その時、ミラベルさんが階段を下りてきた。少し表情が険しい気がする。
「夕方、工房のポストに手紙が入っていてな。午後の業務が忙しく、すっかり忘れていたんだが……」
そこまで話して、ミラベルさんは言い渋る。
「エリン、お前に王宮から招集状が来ている。明日の正午、王宮へ馳せ参じよと、国王陛下直々のご命令だ」
その言葉を聞いたわたしは、手元のマグカップを床に落としてしまったのだった。