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第14話『薬師、森へ赴く 前編』


「朝早くに失礼致します。エリン工房のオーナー様はご在宅でしょうか」


 皆で朝食を摂っていると、小綺麗な見た目をした男性がやってきた。


 食事の手を止め、皆で食堂から店舗スペースへと移動。そこで詳しい話を聞いてみる。


「……というわけで、こちらの工房に薬の発注をお願いしたいのです」


 その後の話によると、どうやらこの人は王宮からの使者らしい。


「それまた、なにゆえに? 王宮御用達の薬師やくし工房といえば、ハーランド工房では?」


「仰るとおりでございます。ですがここ最近、ハーランド工房から買い付けた薬の質が低下しておりましてね。そこへもってきて、この工房の評判を聞いたものですから、国王陛下が今回はこちらに依頼してみよと申されたのです」


「……つまり、我々の工房を試すというのですか?」


「そのように受け取っていただいて構いません」


 ミラベルさんと男性がそんなやりとりをするのを、他の皆と一緒になって固唾を飲んで見守る。


「それで、作っていただきたいのはこちらの薬となります」


 続いて、男性は一枚の紙をこちらに差し出してくる。


「……エリン、見てくれ」


「あっ、はい」


 ミラベルさんに言われ、震える手でその紙を受け取る。そこには『痔疾用薬じしつようやく・10日分』と書いてあった。


「こちらの薬を、明後日の朝までに作っていただきたいのです」


「わ、わかりました。お作りします」


「ありがとうございます。報酬につきましては薬の出来次第となりますので、またのちほど」


 使者の男性はそこまで言うと、軽く一礼して去っていった。


「エリンさん、ジシツヨーヤク……ってなに? 聞いたことない薬なんだけど」


 店の扉が締まるのを確認し、ようやく緊張がほぐれた時、マイラさんが私の手にある紙を覗き込みながら訊いてきた。ち、近い。


「じ、痔疾用薬はその……お、おしりの薬です」


 視線を泳がせながらそう言うも、なんだかこっちが恥ずかしくなった。

依頼書も内容をぼかしてあるけど、つまりは痔の薬だ。国王陛下って痔持ちなんだ……。


「せっかく国から直接依頼が来たんだ。これは腕の見せ所だぞ、エリン」


「は、はいっ……」


 まぁ、ずっと座りっぱなしなのだし、ある意味職業病……なんて考えていると、ミラベルさんがわたしの肩に手を置きながら言った。試験という意味もあるらしいし、頑張らないと。


「あっ……でも、薬材やくざいが足りません。オルニカの根と月の花が必要です」


「オルニカの根はよく聞くが、月の花とは?」


「よ、夜にならないと咲かない花なんです。日中はその辺の草とほとんど見分けがつかないので、花が咲くのを待って採取するのが一番効率いいんです」


「わかった。どうせ今日は丸一日薬材採取の予定だし、夜まで粘るとしよう」


「え、もしかしてピクニックじゃなくてキャンプに変更?」


「当然日帰りだ。いいから早く食事を済ませて、準備しろ。今日は長丁場になるぞ」


 飛び跳ねそうな勢いで言うマイラさんに冷たい視線を送り、ミラベルさんは食堂へと戻る。


 わたしとクロエさんは一瞬だけ顔を見合わせて、それに続いたのだった。



 準備を整えて、ミランダ王国近郊の森へと繰り出す。


 街を出て西に位置するこの森は一部遊歩道も整備されていて、その周辺は野生動物も出ない。天気の良い日はハイキング気分で歩く人もいるそうだ。


 ……けれど、そんな人通りの多い場所に薬材となる植物は生えていない。


 というわけで遊歩道を逸れて、森の中へと入っていく。


「エリンさん、本当にこっちでいいの?」


「あっ、はい。薬材になる植物は、日当たりが悪い所や、木の根元に生える事が多いので」


 先頭を行くマイラさんが、視線を動かさずに言う。その後ろにわたしとクロエさんが続き、しんがりを務めるのはミラベルさんだ。先頭のマイラさんとともに、周囲を警戒してくれている。


 ちなみに、わたしのすぐ後ろを歩くクロエさんは大きなカゴを背負い、手にはバスケットを持っていた。


 ……朝早くから作業していたみたいだけど、あれってお弁当なのかな。


「エリンさん、少し気になったんですが、お薬の材料になる植物ってどのくらいあるんですか?」


 その時、背後のクロエさんからそんな質問が飛んできた。


「えっと、基本となる植物は150種類で、この街近辺で採取できるのは30種類ほどです。根を使うものが多いですが、中には実を使うものや、茎を使うもの、種を使うものもあります」


「……まさか、エリンはその植物の特徴や加工方法も知っているのか?」


「あっ、はい……全部頭に入ってます」


 続いてミラベルさんの質問にそう答えると、皆が一様に息を呑んだのがわかった。


 ……しまった。つい。


「す、すみません。変な自慢しちゃって」


「謝らなくていいよー。エリンさん、頼りにしてるからねー」


 反射的にそう言うも、皆は笑っていた。


 一方のわたしは嬉しいやら恥ずかしいやら、妙な気分になりながら森の中を進んだのだった。


 ……しばらく進むと、さっそく薬材になる植物を見つけた。


「あの大きな木の上に生っているのがグリーンオリーブです」


「へー、あんな高い所に生えてるんだねー。登って採るの?」


「い、いえ。木を揺らすと落ちてくるので、それを拾います」


 腕まくりをして、今にも木に跳びつこうとするマイラさんを急いで制止する。

目の前にあるのは三階建ての建物と同じくらいの大木で、いくらマイラさんでも危ないと思う。


「すでに似たような黒い実がそこら中に落ちているが、これでは駄目なのか」


「えっと、熟すと黒くなるんですが、それは薬にできないんです。熟す前の、緑色のものがほしいので」


 その矢先、ミラベルさんが地面を見ながら言う。薬の材料には、それなりに新鮮なものが必要なのだ。


「とりあえず、木を揺すればいいわけだね。とりゃー!」


 説明を終えた時、マイラさんがそう言って拳鍔けんつばを装着した拳で思いっきり木を殴る。


 ……少しの間をおいて、まるで雨のようにバラバラとグリーンオリーブが落ちてきた。


「おおー、これは大漁ですねー」


 それを見たクロエさんは嬉しそうに言って、緑色の実をせっせとカゴへと集めていく。


「ところでこの実、何の薬に使うんですか?」


「ね、熱冷ましにも少量入れますが、主に保健強壮薬に使います」


「ホケンキョウソー?」


「い、いわゆる元気の出る薬です。夜の営みとか……はっ」


 そこまで口にしたところで、失言に気づく。慌てて周囲を見渡すと、明らかに妙な空気になっていた。皆が皆、視線を泳がせている。


「グ、グリーンオリーブはこれで十分です。つ、次の薬材を探しに行きましょう」


 思わずそう叫び、わたしは足早に歩き出す。その場から一刻も早く逃げ出したかった。


 ……その後、皮膚病の薬になるノマの実と、心を落ち着かせる効果があるオルニカの根などを採取したところで、お昼時になる。


 一旦遊歩道沿いまで戻り、クロエさんが用意してくれていたサンドイッチを食べてお腹を満たす。それから小休止を挟み、採取を再開する。


「……さ、最後はサポリンの実の採取です」


「わかった! サボらなくなる薬の材料に使うんだね!」


「ち、違います。緊張をほぐす薬に使います」


 先の一件があるので、それ以上のことは言わず、わたしは目の前の大木を見上げる。


「グリーンオリーブと同じく、木の上に生っているんですが……」


「じゃあ、また殴ればいい?」


「いえ、硬い種皮に包まれているので、どれだけ揺すっても落ちてはこないです」


「そんなぁ」


 どこか嬉しそうに拳を構えたマイラさんにそう説明すると、彼女はため息とともに拳を下ろした。


「それなら、木に登って直接採ればいいんだね! ちゃちゃっと行ってくるよ!」


 続けてそう言い、木の幹をよじ登り始める。


「えっ、それは危ないですよ」


「大丈夫大丈夫! これくらいどうってこと……って、ぎゃーーー!」


 元気よく木に跳びつき、少しよじ登ったところで……叫び声を上げて地面に落ちてきた。


「ああ……だから危ないって言ったのに。その木、節々に鋭いトゲがあるので、とても登れないんですよ」


「それ先に言って……」


 体中に刺さったトゲをクロエさんに抜いてもらいながら、マイラさんが涙声で言う。


「サポリンの実は、落ちているものを拾います。これです」


 そう言って、わたしは周囲に落ちている黄色い実を指し示し、カゴへと拾い始める。


 ……その直後、奥の茂みから物音がした。


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